第2話 マリヤと暗雲



 チクタクと時計の音が鳴り響く。

 そんな時計の音が響きやすい夜中にマリヤは目を覚ました。

 一度薬を手に取るが、直ぐに置き直し部屋の外へと出て行った。

 基地の内部を歩き、カモフラージュの屋敷の部分へと向かう。

 屋敷のベランダにでて夜風に当たる。

「……」

 深い息をついて、その場に座り込んだ。

 視線をずらし、地面を見下ろすと、何度も頭をふって、うずくまる。

「夜中にこんな場所で、何をしている」

「……ブラッド、様」

 声をかけられ、マリヤは顔を上げる。

 そこには、いぶかしげな顔をするブラッドがいた。

「貴様にこの場所は危険だ、早く戻れ」

「……」

 少し苛立ったような口調のブラッドに、マリヤは返事をすることなく、再度うずくまり、小さく口を開いた。

「……なんで、私を部下にしようと思ったんですか? 他にも才能ある人はいたでしょう、ヴィランにふさわしい人はいたでしょう?」

 マリヤの言葉に、ブラッドは面食らったような顔をする。

 そして、少し考えてから、邪悪なヴィランらしい笑みを浮かべる。

「才能ある人間はおらんな!! 貴様は才能があった!! それ故切り捨てられた、だから選んだのだ!!」

「……復讐とかは、考えられません」

「だから選んだのだ」

 ブラッドの言葉に、マリヤは面食らったような表情を浮かべた。

「復讐を考えているのも悪くないが、そういう輩は暴走しがちだ。 それなら貴様のような奴を選ぶに限る」

 唖然としているマリヤに対して、ブラッドは続けた。

「貴様はなすべき事をなすだけでいい!! それが我々の道筋をはっきりしめしてくれるだろう!! だから、今はそれでいい、今は、な」

 ブラッドの言葉に、何とも言えない表情のままマリヤは小さくうなづいた。

「ならば、するべきことをするがいい。 今はなにをするべきだ……」

「え……?」

 予想しない言葉に、マリヤは途方に暮れたような顔をして、ブラッドを見上げる。

「今するべきことは寝ることだ!! 体を休めろ!! 眠れない時の薬ももっているだろう、レアが処方したはずだ、容量用法まもって飲め、いいな!!」

 ブラッドの叱りつけるような声をあげると、マリヤは跳びはねるように立ち上がり、何度もこくこくと頷いて自室へ戻っていった。

「全く、おちおち眠れんではないか」

 ブラッドは小さくあくびをするとその場所から姿を消した。


 マリヤが自室に戻ると、薬の入った袋から、二粒だけとりだし、水と一緒に飲み干した。

 飲み干してから薬をじっと見つめてから、ぶんぶんと頭を横にふり、袋と一緒に薬をしまい、ベッドに潜り込んだ。

 しばらく毛布がうごめいていたが、しばらくすると動きはやみ、静かな寝息だけが響き始めた。

 寝息が響き始めたマリヤの部屋に、黒い影が音もなく入ってくる。

 その影はブラッドだった。

 ブラッドは先ほどマリヤが入れた薬をしまった場所から取り出し、個数を確認すると安堵の息をつく。

「全く、レアの奴も上司使いが荒い……というか上司こき使うのは奴ぐらいだぞ本当に」

 一人悪態をつくと、薬を同じ場所に同じように戻して、ベランダの時同様姿を消した。



 朝、マリヤは目を覚まし、普段の実験用の服に着替えると、食堂に向かい、そこで用意された食事を取る。

 軽めの食事を取り終えると、そのまま自室に戻り、薬を取りだそうと、しまった場所をあける。

「あれ?」

 なにか違和感を感じ、薬の数を確認するが、変動はなかった。

「……覚え間違いかな……気のせいかな……入れたときと、形が違う気がしたけど……」

 しばらく悩んでから、覚え間違いでいいと結論づけ、そのまま薬を指定された分だけ取り出し、服用する。

「ふへー……」

 薬を飲み終えると息を吐く。

「よし……今日も頑張らないと……」

 マリヤはそういうと、よたよたと歩きながら研究室へと急いだ。


 様々な機器がある部屋で、マリヤは黙々と研究に没頭していた。

「……えっと、つぎはここを……」

「順調そうだな?」

「あびゃぁ?!」

 突然の声に、奇声を上げて返す。

「どうした、変な声をあげて」

「い、いきなり入ってこないで下さい、ブラッド様。心臓にわ、わるいです」

「それは失礼した、ドクター・マリヤ」

「……それで、何の用ですか?」

「いや、頼んだものがどれくらいで出来てるか気になってな……」

「……ああ、正義の味方の動きをとめる装置ですね……はい、これです」

 といって銃型の物体を取り出した。

「安全用に、指定された人物は撃っても動きは止まらないようにしました。撃たれるとその人物だけ重力が狂い、動くのがままならなくなります、その人物に関するものも、同様です」

「――でかしたぞ!! では早速試してくる!!」

「ああ、赤いボタンを押してから撃って下さいね?!」

「ああ、心得た!!」

 楽しげに笑いながら、消えたブラッドを見て、マリヤははぁとため息をついた。

「……ブラッド様本当に大丈夫かな……大丈夫だろうけど……」

 ぐるぐると頭を悩ませていると、部屋をノックする音が聞こえた。

「はい――」

「失礼する、マリヤどうした? 何かあったか?」

「あ……レア先生、実は……」

 やってきたレアに、事情を説明した。

 すると、レアは深いため息をついて、呆れたような表情をする。

「やれやれ、あいつはいつまでたってもそこのあたりは子どもというわけか、いいのやら悪いのやら……」

「先生?」

「いや、気にするな。なに、あいつならどんな事があっても無事だろうさ……というか、私が殺してもそうとしても死ななかった奴だからな」

「へ?」

「いやなに、気にするな」

 レアの言葉にひっかかりを覚えつつも、有無を言わせないような要素を持つ声色に、マリヤはただ、頷くだけだった。



「ははははは!! 楽しいぞこの装置は!!」

 ヒーローから逃亡しながら、装置の試運転を行っていたブラッドは楽しげに声をあげる。

「ヒーローがまるで動けぬ蛙のようだ!! ははは、楽しい楽しい!!」

 そういってはヒーローにねらいを定めて撃っていく。

 銃から放たれる光に当たったヒーローはその場から固定されたかのように動けなくなり、じたばたともがいていた。

「ははは!! そろそろお開きに――」

「ヒーロー遊びも少しは自嘲したらどうだ?」

 黒い仮面を被り、真っ黒な服を着た大男が、ブラッドを屋上からにらみつけるように声をかける。

「――」

 ブラッドは姿を消して、大男がいる屋上へと姿を現した。

「なんだ、貴様か。私がなにをしようといいだろう。ヴィランだからといえ、やり方は何通りもある」

「貴様が行動すると、我々にも害が及ぶのだよ」

「ハッ知ったことではない!! だが、貴様のおかげで気分が冷めた、今日は帰る」

 ブラッドは大男にそう言うと、姿を消した。

「……ふん」

 大男も、ブラッドが姿を消すとその場から姿を消した。

 後に残ったのは混乱するヒーロー達だけだった。


「戻ったぞ!!」

 ややいらついた口調で研究室にブラッドは入ってきた。

「ぶ、ブラッド様? な、何か不具合がありましたか?」

 おびえた口調でいうマリヤを見かねて、レアがブラッドをにらみつける。

「ブラッド、不機嫌な事を表にだすな」

「チッ……いや、ドクター・マリヤ。あの銃は完璧だったとも、だが邪魔する奴が現れてね、よりによってヴィランだ。ああ、面倒なことこの上ない!!」

「――なるほど、奴らか。全く、お前は面倒ばかりもってくるな」

「やかましい」

 レアの言葉に、忌々しそうに対応すると、ブラッドは銃をマリヤに返した。

「一応返しておこう。乱射しすぎたからな」

「あ……わかりました。不具合がでてないか見ておきます」

「うむ」

 そういって別室に移動したマリヤを視認すると、ブラッドは椅子にどかっとすわって苛立ちを再度露わにした。

「烏合の衆の分際で、よく抜かすはあの阿呆が……!!」

「ただの烏合の衆ならよかったんだがな」

 レアは呆れのため息をつきつつ、メスを取り出す。

「非戦闘要員だが、いざとなったら戦ってやるとも」

「貴様のどこが非戦闘要員だ、戦闘要員だろうが――だが、助かる、マリヤは守ってやらねばならんからな。あいつは弱い」

「そうだな」

 二人だけの部屋で、戦えぬ科学者を守らなければならないと語るブラッドと、レア。

 本人には届くことはなく、本人は黙々と実験とテストを繰り返していた――







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