時空監獄301回目の脱獄者「時空男」

ちびまるフォイ

冤罪のはらしかた

通算脱獄回数300回はギネスにも登録された。


「こいつどうします?」

「どうせどこに投獄してもすぐ逃げられるしなぁ……」


「ふふ。だったら俺の罪を消してもいいんだぜ?」


「バカ野郎! そんなことできるか!!」


脱獄王の最初の罪は冤罪だった。

暴力事件にたまたま居合わせたことで仲間だと思われ投獄。

その後、脱獄を繰り返したことで一級犯罪者となった。


「難攻不落と言われたアルカトラズも当日で脱獄されたし、

 これ以上脱獄を防止するために人手を割くわけにも……」


「あそこに入れますか……」


「おしり?」

「ぶっ殺すぞ」


「……わかった。そうだな、あそこしかない。時空監獄に」


脱獄王は時空監獄に投獄された。



「ここは……すごいな……」


時空監獄は時空の果てに1房だけある隔離監獄。

脱獄王の手にかかれば、この監獄を出ることはたやすいが……。


「ま、出たけりゃ出ればいい。その代わり時空のはざまに飛ばされて

 いったいどうなるのかは守衛の俺たちですらわからないがな」


「恐ろしいものを考えやがる」


「ここでおとなしく服役してな」


守衛が立ち去ると、監獄の周りはまた時空空間へと転移させられた。


「やれやれ、こんなのはじめてだ。

 かの脱獄王とまで呼ばれた俺が手も足も出ないなんて」


脱獄王はなんとか時空監獄を抜け出す方法を考えていた。

そのとき、時空の割れ目から人が降ってきた。


「わっ! だ、誰だ!?」


「ああ……あああ!! 人だ!! 戻ってこれた!!」


時空からやってきた男は、脱獄王を見るなり涙を流した。

まるで何百年ぶりの再会のように。


「私は前に時空監獄に投獄されていた者だ。

 でも、脱獄に失敗して時空に落ちてしまって……」


「時空に……」


脱獄王はごくりと生唾を飲み込んだ。

いったいどうなるのか想像もつかない。


「ずっと時空のはざまを漂っていた。年を取ることも死ぬこともなく。

 本当に……本当に長かった……」


「それで時空から落ちてきたのか」


「ああ、長く時空に漂っていると、タイムトラベルもできるようになる。

 でも私はあくまでも現代に戻りたかったんだ。

 そして、ついに現代を見つけることができた!!」


「話を聞く限り、脱獄の難易度があがったよ」


時空に落ちれば、時間の空間に放り込まれる。

その中で「現代」という終着点を見つけるのは至難の業だろう。


「なぁ君。どうか私を現実に戻してくれないか?

 今の妻と子に会いたいんだ」


「俺になにをしろと」


「いくつもの時代を見てきた。君は脱獄王なんだろう?

 たのむよ。この監獄から脱獄するのに協力してくれ」


「フッ……おもしろい。今まで俺は自分だけを脱獄させた。

 今度は別の誰かを脱獄させるってわけだな」


「協力してくれるのか!!」


「で、あんたは俺になにを提供してくれるんだ?」


「そ、そうだな……」


時空男は言葉を詰まらせた。


「……僕がここを出られたら、必ず君の罪を晴らしてみせるよ」


「あっははは! あんた弁護士かなにかか? そうは見えないな。

 だとしても脱獄300回の罪を白紙になんてできっこない」


「協力してくれるのか」

「まあいいぜ。301回目は趣向を変えたい」


脱獄王と時空男はその日脱獄の算段を整えた。

決行の日は静かに訪れた。



――ガチャ。



「おい、脱豪王。お前に――」


守衛がやってきた瞬間。

脱獄王は守衛を襲ってあっという間に気絶させた。


「行け!! 守衛が時空を解除したこのタイミングしか

 時空へつながる道はない!!」


「脱獄王、お前はいかないのか!?

 ここで残れば次の脱獄はもっと難しくなるぞ!」


「言ったはずだ。今回の脱獄はあんたを逃がすと。

 それに時空につながる道は、脱獄防止用に1人しか通れなくなっている」


「そこまでわかって……」


「早く行け!」


せかす脱獄王だったが、時空男は出口目前で足を止める。


「……やっぱり無理だ」


「どうした!? あと一歩踏み出せば、現実に戻れるんだぞ!?」


「今、現実世界に戻っても妻も子も生きている保証はない。

 時空に漂いすぎて、自分がどれだけ時間過ぎたのかさえわからないんだ。

 現実世界にもう自分の居場所が残ってないようで……」


時空男はきびすを返して、脱獄王へ振り返る。


「やっぱり、現実世界には君が……」


「うるせぇ!!!」


脱獄王は時空男を蹴りだした。


「もう死んでるかもしれないからってなんだ!!

 だったら、現実世界に戻って線香でもやりゃいいだろ!!

 居場所なんて自分で作ってみせろ!」


「脱獄王……!」


「墓の前で手を合わせるのも、一緒に思い出作るのも、現実でしかできねぇだろ!!」


時空男が出口を通過したことでセンサーが作動して出口が閉まっていく。


「脱獄王! この恩は必ず返す! 本当に、本当にありがとう!!」


「バカ。脱獄しかとりえのない悪党に頭下げてんじゃねぇよ」


時空の出口は閉じた。

脱獄王と気絶した守衛だけが中に残された。


守衛が戻ってこないことで、別の仲間が助けに来るだろう。


ただし、これでいっそう警備は強化される。

もう二度と現実世界には戻れなくなるかもしれない。


「はぁ、ここが俺の居場所になるなんてな……」


時空監獄の中で脱獄王はつぶやいた。





しばらくして、守衛が目を覚ました。


「痛たたた……お前、なにしやがる。人が吉報を持ってきてやったのに」


「吉報?」



「お前は釈放だ」


守衛は鍵を開けた。



「釈放!? どうして急に!?」


「どうしてって、お前の罪がないことに気付いたんだよ。

 逆にいままでどうしてお前を投獄していたのかわからない。人違いか?」


守衛は首をかしげながらも、仲間に連絡して時空の出口を作った。


「俺の脱獄300回の罪は!?」


「脱獄ぅ? 何言ってんだお前。そもそも投獄されてないだろ。

 300回なんて夢でも見てたんじゃないか?」


脱獄王は状況が理解できないまま現実世界へと復帰した。

その後、ネットで自分の最初の冤罪事件を調べて小さな記事を見つけた。



>○○シティで暴力事件


>近くに居合わせた会社員Aが、巻き込まれた青年の冤罪を主張。



記事に乗っている顔写真は見覚えのある顔だった。


「あいつ……過去に戻って、俺の最初の罪を……」



"僕がここを出られたら、必ず君の罪を晴らしてみせるよ"



時空男の言葉が浮かんだ。



「まったく、おかげで300回の脱獄記録が全部パァになっちまったよ」


脱獄王は笑って、パソコンの電源を切った。

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