section1
01
チャイムが鳴り、休憩時間。
「あれ、ここの席って誰が使ってたっけ?」
一人の女生徒が教室の真ん中で小首を傾げた。
友人の席の隣が空いていたので座ったのだが、その席に誰が居たのかを思い出せない。
「え~、誰だっけ」
「ちょっと明日香~、アンタ隣の席でしょ~?」
「だってぇ、隣のあたしが覚えてらんないくらいの子でしょぉ?」
「え、透明人間?」
女生徒の笑い声を背に、一人の男子生徒が教室を出る。
彼こそが噂のその席を使用している、
聞き慣れた言葉には耳も貸さず、口を開くことも無く賑わう教室を後にし廊下を歩き出す。
階段を上って、風に押されて少し重くなった扉を開くと“いつもの場所”に辿り着く。
その場所――屋上の隅に座るなり持参していた弁当を開いて、香は両手を合わせた。
「いただきます」
ご飯、おかずの順に口に運び、母の愛を噛みしめる。
それを繰り返し、食べ終えて片付けても昼休みはまだ時間がある。
ポケットから音楽プレイヤーを出し、イヤホンを着けては香は曲を聴き始めた。
流れてくる旋律に目を閉じ、口元だけで小さく詩を紡ぐ。
この時間はいつも、風が優しい。
―――――
一日の全課程が修了し、その帰り際。
香やその同級生とは少し違った制服姿の小柄な女性が鞄を握って校舎を出る。
クラスメイトと別れた
「〔……やはり〕」
母国語で呟き、口元を緩める。
とん、と背を任せた校舎のずっと上の方から、微かな歌声が聴こえてきていた。
ここ最近、この場所で歌声が聴こえるのを知ってからというもの、放課後に裏庭へ来るのはリンの日課となっていた。
毎日、ほんの二十分程度だが、いつも歌っている者が居る。
自信なさげに小さな声で、少し外れた音で。
「〔かわいいなぁ〕」
拙さが、子供らしくてかわいい。
気が付けばすぐに二十分が過ぎて声が聴こえなくなり、リンもその場を後にした。
―――――
「ふあぁ……」
歌が途切れ、その主が立ち去った後。
屋上の日陰で眠っていた青年が、大きく“伸び”をして起き上がった。
「っだよ……へったくそな歌、歌いやがって」
睡眠妨害だ、とでも言いたげに、苦々しく吐き捨てる。
それから、でも、と考えを切り替えた。
「あの声…………」
全く知らない生徒。よくここで昼寝をしている彼でも初めて見る。
一瞬ちらりと顔が見えた気がしたが、忘れてしまった。覚えているのは、学年別で分けられているネクタイの色が一年生のそれだったということだけ。
そんな少年に、何故か彼は魅力を感じた。
―――――
家に帰るとまず、母に「ただいま」と声をかける。
宿題は、と問われて、いつも通り「すぐに終わる」と答える。
「じゃあ、宿題が終わったら夕ご飯ね」
にっこりと笑う母の姿に安堵して、香は自室のある二階へと向かった。
部屋に入ると、机とベッド、参考書の山。それと、参考書に埋もれたCDコンポ。
いわゆる「今時の若者」のような部屋では無い。
だが香はそれでも良かった。人と関わるのは好きではないし、勉強も嫌いではない。一人で机に向かっているのは、とても楽だ。
着替え終わるなり教科書とノートを出した香は、さして時間もかけることなく宿題を済ませてから母のもとへと戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます