第45話 ロング・ロング・ロングホームルーム 後編
殺伐とした空気がリビングを支配している模様だ。あんなところに居たくはない。というわけで、聖和ではないが俺も庭に逃げだして草むしりに励んでいる。でも気になるから話が聞こえるようにリビング近くでしゃがみこんでいる。
佐藤と霞ヶ丘は横並びでソファーに座っており、向かいに百合が睨み座っている。尾堂先生は食卓の椅子に座り、第三者を気取っているというところか。まあ完全な第三者だから仕方がないのだが、期待の眼差しを3人に送っている。
「それで、あなたたちはあたしの仁ちゃんの何なんですか」
百合が刺々しさ全開で刺々しい沈黙を破った。
聖和が草をむしりながら近づいてきた。明らかに聞き耳を立てている。相変わらずのミーハーぶりだった。
「えっと」
佐藤が困ったように霞ヶ丘を見つめた。霞ヶ丘も佐藤を見ている。
「なんだろう、ね?」
「うーん……友達?」
霞ヶ丘の言葉に、佐藤はこれまた困ったように首を傾げつつ頷いた。
「へえ、そうですか。友達ですか。まあ友達でも彼女でもどうでもいいけど、仁ちゃんはあたしだけの仁ちゃんなんです。近づかないでください」
百合は腕を組み、二人を見据えた。「見事な小姑ぶりだな」と聖和がつぶやいた。関係者なのに、完全な第三者を気取っていやがる。それが気に入らない。抜いた草をやつの手元に投げて抗議しておいた。聖和が草を抜こうとした状態で動きを止めて、感情の見えない顔を向けてきた。その顔にふふんと笑いかけて、草を抜いた。
すると、ぺちっと土のついた草が手に当たった。このやろうとおかえしに新しい草を抜いたときだった。
「ごめんなさい」
佐藤の声が聞こえた。
「今はお友達。だけど先のことはわからないから……。それはできないかな」
物言いは柔らかくとも、そこには鋼の意志が込められているように俺には感じた。
「またまたあ。面白い人だなあ。何も起こりっこないのに、何をいってるのかなあ。ずっとただの知り合いのままなんですから、諦めたほうが身のためですよ。さっさと帰ったらどうですか」
百合がいかにも愉快といった感じで笑いながらいった。聖和ではないが見事な小姑だと感心してしまった。
そして、佐藤も佐藤だった。
「百合ちゃんも面白い人だね。長いお付き合いになると思いますけど、よろしくお願いします。自己紹介がまだでした。わたしは佐藤つゆみといいます」
さすがは鋼の心臓を持つ女の子だ。だから、別段驚きはない。佐藤ってこういうところがあるよなあ、と再認識しただけだ。
「あんたなんかに興味なんてないんですけど」
百合が佐藤に向けて棘を打った。しかし、相手は鋼だ。効かない。
「うん。だったら興味を持ってもらえるように努力するね」
百合はきっと、何こいつ的な顔をしているのだろう。少し間があり、百合はいった。
「無駄な努力だと思いますけど、せいぜい頑張ってください。はい、じゃあ、お帰りください」
「そうだね。でも黒尾くんに近づかないと百合ちゃんが興味を持ってくれそうにないんだからしょうがないよね」
「なっ……」
百合の動揺を如実に表した『なっ』だった。それだけで百合がどんな表情をしているのか見えるような気がした。
「少しはわたしに興味を持ってくれたかな?」
佐藤が穏やかにいった。
「だ、誰があんたなんかに」
「そっか。じゃあ、しょうがないね」
佐藤の考えは読めている。
百合が興味はないといえば、興味を持ってもらうために居座り、興味を持ったといえば、百合のことをもっと知りたいとかいって、居座る。どちらにしても居座るつもりだ。
百合にしてみれば、あっちを立てれば、こっちが立たずといった感じか。いやはや、実に腹黒い一撃だ。この一撃を躱せるだけの機転が百合から出てくるとは思えない。ジ・エンドだ。そして、こちらに火の粉が飛んでくる。そんな予感がした。
「仁ちゃん。何なのよ、こいつ」
ほらきた。
手を叩いて土を払い、立ち上がった。百合はリビングの窓廻りから庭に張り出した『濡れ
「こいつじゃない。佐藤さんだ」
「……こいつの肩を持つつもり?」
「違う。仲良くしろとかそういうことをいってるんじゃないんだ。百合が大切だからいってるんだ」
百合のところに行き、真っ直ぐに目を見つめた。
「俺の友達をこいつ呼ばわりする百合は見たくない」
「仁ちゃん……」
「なあ? 頼むよ、百合。好きなままでいさせてくれ」
「好きなんて……」
ふと、百合が笑った。
来る━━と思った瞬間に、百合は濡れ縁を蹴った。両手を広げて、アイ・キャン・フライ。パッと脳裏に魔女の一撃を食らったときの様子がフラッシュバックした。
咄嗟に後ろに下がろうとしたが、誰かに背中を押された感覚があった。
「仁ちゃーん」
腕と足で完全にロックされた。だが、避けられなかった代わりに、背中を支えられているおかげで腰にも衝撃はなかった。
「どうにか間に合ったか」
なあ、聖和。そういう優しさを発揮する前に、まず妹を止めるべきではなかったのか。それから土のついた手で背中を支えるってどうなんだよ。絶対手跡が俺の服についているだろ。洗濯物がひとつ増えるだろうが。どうしてくれんだよ。
そのあたりのことをきっちりといってやりたいところではあるが、生憎と百合に抱き着かれており、せわしなく頬擦りしては、クンカクンカと匂いを嗅ぎ、最後にはキスをしようとしてきやがったからそれどころではないのだ。
「やめろ。離れろ」
「仁ちゃん、仁ちゃんだ。仁ちゃん」
「やめろ」
鼻息が荒れえよ。怖えよ。どこでこんな変態が産まれたんだよ。
くるくると回ってどうにか百合を引き離そうとしてみたが、腕の力はまだしも、バスケで鍛えられている足の力は相当だった。完全に胴体をロックされており、外れそうにない。
「ばか。いいから離れろ」
「やーだ。仁ちゃんの愛を確認するまで離れないもんねーだ」
「おまえはスカートだろうが。どんな格好をしてるのかわかってんのか」
「見られたって恥ずかしくないしぃ。はい、チュー」
百合が唇を尖らせて迫ってきた。もはや絵に
「やめろ。離れろ」
両手で百合の頬を挟んで押しのけようとしたが、さらに唇が伸ばして、腹筋と首の力でもって押し返してきた。これでまだ中学二年というのだから末恐ろしい。
と、そのとき、百合がひゃっとかわいい悲鳴を上げた。足でぎゅっと胴体を絞められて肋骨が折れるかと思ってヒヤッとした。
「はい、そのへんにしておきましょうね」
佐藤がサンダルを履き、庭に降りていた。そして、パワフラワー佐藤、再び。
佐藤は百合の脇から腕を回して、むんとその躰を持ち上げるや、板間の濡れ縁に立たせた。
「ちょっと、何する……のよ」
百合のその声は急速にしぼんでいった。おまけに俯いている。
「何かいったかな?」
俺からは佐藤の顔は見えない。ただ声は非常におとなしい。しかしだ。見ずとも俺にはわかる。佐藤の目は決して笑っていない。そのはずだ。
「いえ。なんでもありません」
どうやら、佐藤つゆみの最強伝説に新たな一ページが追加されたようだ。ここに上下関係は形成された。
「それじゃあ、お茶にしましょうね」
「はい」
しかし、あの百合をしおらしくさせるとは……。佐藤、恐るべし。その佐藤が濡れ縁に立ち、「そうだった」といって振り返った。綺麗な笑みを浮かべている。
「黒尾くんには内海さんとのデートの件でお話があるから、早く手を洗って来てね」
百合が顔を上げて、佐藤を見た。
「どういうことですか」
「それを黒尾くんから説明してもらうんだよ?」
佐藤は優しい声で、俺の心にはちっとも優しくないことをいった。百合が睨んできた。
「仁ちゃん、どういうこと?」
「待て。とんでもない誤解をしているぞ」
「はいはい。お話は手を洗った後にじっくりとしましょうね」
佐藤がにっこりとえげつない笑みを見せて、百合の手を握った。
「百合ちゃんもまずは座りましょうね」
「逃げようとしても無駄だからね」
そんな捨て台詞を吐いて、百合は連れられて行った。といっても、すぐそこにあるソファーにだが。
「どうしよう。何かとんでもないことになってるんだが……。なあ、聖和?」
振り返ったが、やつの姿は庭のどこにもなかった。
「こっちだ」
リビングの中から声が聞こえてきた。尾堂先生の向かいに座っていた。ちゃっかりコップを手にしている。
「本当に、黒尾くんの周りはいつも賑やかでいいわね」
尾堂先生がにやにやしながらいった。楽しくて仕方がないといった感じだ。
「あんたは何しに来たんだよ」
リビングに入りながら訊いた。
「あら、呼び出しをすっぽかしたのはどこの誰だったかしら」
「いろいろとあったんですよ。それで、つい忘れてました。ごめんなさい」
謝りながら台所に入り、手を洗った。
「そのことは根林くんから話は聞いてるわ」
「徳斗から?」
尾堂先生を見た後で、蛇口をスポンジで洗い、水を止めた。
「黒尾くんが帰っていたようだったからもしかしたら忘れてるんじゃないかと思ったみたいよ。本当にしっかりした子よね、誰かさんと違って」
その言葉に、聖和が顔を上げて先生を見た。
「徳斗が相手では、心は動きませんか」
「ちっとも動かないわ。もちろん生徒としてはかわいいわよ? 根林くんに任せておけば問題ないし、担任としては大助かりよ。ただ、ちょっと出来過ぎよね」
「何の話だよ。いや、いうな」
聖和に向かって濡れた手を突き出した。
「何もいうな」
念を押してからタオルで手を拭き、コーヒーポットに残っていたコーヒーをコップに注ぎ、次のコーヒーを準備した。
ふと、調理台を見て、こっそりと安堵の息を吐きだした。百合の出現ですっかり忘れていたが、まだ夕食作りの途中だったのだ。台に転がっていた山芋を手に取り、お好み焼きのタレ作りを再開した。
「黒尾くん?」
佐藤が声をかけてきた。だが、俺にはちゃんとした言い訳がある。じゃなくて、言い分がある。
「まだ調理の途中だったんだよ。佐藤さんたちも覚えてるだろうが」
そういいながら、できるだけゆっくりとおろし金で山芋をおろしていった。このまま16時まで耐えれば邦志のお迎えの時間に行く時間になる。残り30分ほどだ。何とかなる。
「そっか。じゃあ、わたしも手伝うね」
佐藤がいえば、「なら私も」と霞ヶ丘までが立ち上がった。「待て」と二人を目で諫めた。
「山芋をおろすだけだ。手を借りるまでもない。というか、借りようがない。話はこのままでもできるんだ。さあ、話し合おうではないか」
粘り気の強い山芋をスリスリしながらいってやった。
ソファーでは百合が待ち構えるように座っている。あいつの横に座ったが最後。逃がさないように抱き着いてくるだろう。それがわかってて、誰があんなところに座るかってんだ。
佐藤と霞ヶ丘が定位置に座った気配がした。
「それじゃあ、霞ヶ丘さん、お願い」
「うん」
ちらりと視線を上げてみた。佐藤の横で霞ヶ丘がスマートフォンを手にしていた。
「アヤと花奈とLINEをしてたんだけどね、だいたい事情はわかったよ」
「ほう。どんな事情だ」
おおよその筋書きは察しているが、俺にやましいところはない。強気に押してみた。
「例の話し合いのときに━━百合ちゃんにはわからないよね」
そこから話は今日の放課後の話に飛んだ。雫と邦志をクラスで預かるか否かの問題に絡んで、聖和が3組に来るかどうかの問題も湧きおこり、そこに俺が引き連れてきた聖和親衛隊たちが加わったことでさらに問題が発展して、3組対5組という形式になった。もっといえば、3組の委員長である徳斗と5組の委員長の内海のバトルといってもいい。
それこそが俺の真の狙いだった。雫と邦志を制したクラスが、聖和を手に入れることになる。そういう図式を作り上げて、俺を文化祭に参加させるか否かという問題から、雫と邦志、そして聖和の3人をどちらのクラスが受け入れるかという問題に争点をすり替えたわけだ。
そうしておいて、俺の文化祭参加の有無をうやむやにしてしまおうという魂胆だった。
途中までは俺の思惑通りに進んだ。ところが白熱した議論の真っただ中で、徳斗が俺を見て、驚いたように顔をしかめたのだ。
あのときは、たぶん俺も徳斗と同じ顔をしていたと思う。手の中で転がっている徳斗を見て、うっかり笑ってしまったのが悪かった。
徳斗は歪んでいた論点を、元に戻してしまった。
「問題を間違えないでください。黒尾くんが文化祭に参加できるようにするために話し合っていたのです。赤羽くんの問題は5組の問題です。切り離して考える必要があります」
と、徳斗がいえば、内海さんは、
「それは違います。黒尾くんの妹さんたちと赤羽くんはセットで考えなければなりません」
と抗議し、これに徳斗が、
「赤羽くんのことについてですが、それは赤羽くんの意思の問題であり、5組の問題です。3組には関係ありません」
とやり返した。
しかし内海も気が強いというのか何というのか。
「赤羽くんが来るからということで賛成した人もいますよね。でしたら、赤羽くんを除外して考えるというのはおかしいですよね」
そうやり返したが、徳斗は冷静だった。
「たしかに赤羽くんが来るからということで賛成に票を投じた人はいます。ですが、何を基準に票を投じるのかはその人次第です。もちろん黒尾くんの妹さんたちと親しい赤羽くんが来てくれるのであれば心強くはあります。3組では赤羽くんを受け入れる準備もあります。しかし、言葉は悪いですが、赤羽くんはあくまでも部外者です。赤羽くん個人の問題であり、5組の問題。3組には関係のない問題ですから、3組の人間が口を出す問題ではありません。同時に5組に口を出される問題でもありません。今僕たちが話し合うべきことは、黒尾くんの妹さんたちを、3組で受け入れるか5組で受け入れるかという問題だけです。どうでしょう。それ以外にありますか?」
こうして徳斗は、完全に聖和の問題と切り離してしまった。そうなると問題はシンプル化してしまう。
雫と邦志は3組に所属している俺の家族だ。2人は3組で預かるのが筋で、さらに尾堂先生から許可が出ているという強みもある。
それでも諦めずに、徳斗以外のメンバーを攻撃して引っ掻き回してやろうと俺も気張ってみたが、アホの正樹が怒って何を口走ろうとも、徳斗はその論点だけは頑なに死守して、澄まし顔で反撃を流してしまったのだ。
まあ、霞ヶ丘はそこまで深くは説明していないが、だいたいの流れを百合に話している。
「そのときに、5組の
あまりにも突然で自然に訊かれたせいで、台風に飛ばされてきたバケツが後頭部に直撃したような衝撃を覚えた。
違うといおうとソファーのほうを見たときに、違和感が胸の奥に居座った感じがした。
「黒尾くんのことだから、集中し過ぎて周りが見えなくなったんだよね?」
佐藤が決めつけたような言い方をした。百合が何度も頷いた。
「昔っから、仁ちゃんってそういうところがあるよね。一途というより、不器用なんだよね」
「そういうところがあるよね、黒尾くんは」
今度は佐藤が百合に同調した。
二人の呆れたような怒ったような表情は想像通りだからいいとして、問題は霞ヶ丘だ。
「ちょっと待て。たしかに約束はした。したけど、その前になんで霞ヶ丘さんは笑ってんだよ」
佐藤と百合が霞ヶ丘を見た。
その二人を交互に見て、霞ヶ丘は「たぶん、みんな誤解してると思うよ」といった。
「みんなって、誰と誰だよ」
「黒尾くんもつゆみちゃんも百合ちゃんも、それにさっきの私もそうだったね。たぶんだけど先生と赤羽くんもかな?」
それは、本当にみんなだな。ここにいる全員が誤解しているとは、これいかに。
「内海さんにデートの約束をしたみたいだけど、黒尾くんは赤羽くんのことをいったんだよね?」
佐藤と百合が、えっ、という顔を霞ヶ丘に向けた。そして聖和だけは俺を睨んできている。
善意の第三者である尾堂先生が「どうなの?」とウキウキした感じで解答を求めてきた。
「そのとおりだ」
「おい、仁」
「まあ、待て」
と、目と手で聖和を抑えた。霞ヶ丘に視線を戻した。
「ようするに、内海さんはわかっていたということだな?」
「うん。ついでにいっちゃうとね、私はてっきり黒尾くんと内海さんがデートをするのかと思ったんだよ? つゆみちゃんと百合ちゃんもそうだよね?」
2人が頷いた。
「それで黒尾くんは、私たちがそう思っていると思って誤解だといった。そうだよね?」
「うむ。正解だ」
霞ヶ丘がまばゆい笑みを浮かべた。正面に座っている百合が食い入るようにそんな霞ヶ丘を見ている。
完全に惚れたな、と想像してみたが、どうでもいいことだ。
「で、尾堂先生も俺と内海さんがデートをすると思っていたということでいいんですか」
「そうね」
尾堂先生がこっちを向いた。
「内海さんという子のことは知らないけど」
「5組の委員長ですよ。聖和のところの」
「あ、ああ……」
先生は聖和を見てうんうんと頷いた。
「思い出したような気がしたんだけど、やっぱり思い出せなかったみたい。さっぱりわからないわ」
「紛らわしいリアクションしやがって」
「まあまあ。いいじゃないの」
手を上下に振り、ソファーのほうに顔を向けた。
「それで、その内海さんという子がデートをしたい相手というのは誰なの? 話からすると仁くんと赤羽くんではなさそうね」
「どうも違うようです」
霞ヶ丘が尾堂先生と同種の好奇心に満ちた声でいった。
「内海さんが本当に誘いたい相手というのは、飯塚くんなんだって。飯塚正樹くん」
それは、あまりに予想外の名前だった。しばしの沈黙が垂れこめた。
佐藤と聖和だけではない。百合も唖然としている。俺にしてもちょっと自分の耳を疑っているところだ。
例外は尾堂先生のみ。そういうところは年の功といって差し
こほんと咳をして、気分を一新した。
「えっと、その飯塚正樹くんという人は、俺と聖和の幼馴染で、かつ、1年3組の生徒で、さらに、俺の席の後ろの人でいいのかな?」
少しのためを加えて、霞ヶ丘は、うんと元気に頷いた。
「マジかよ。いったいうちの学校で何が起こっているというんだ」
「捨てる神あれば拾う神あり、だな」
と、聖和がいえば、「まあ、わからないでもないわね」と尾堂先生が答えた。
「飯塚くんは仁くんの同類だものね」
「いやいやいやいや。全然違いますから。あと、そこなレディーさんたちも何を頷いているのかね。俺のほうが断然いい男だろうに」
「そうだねえ」
佐藤が同意するように頷いた。
「わたしは黒尾くんが好きだよ」
「あ、私も黒尾くんが好き」
「ちょっと。何をこれ幸いにいっちゃってくれてるわけ?」
百合がしゃしゃりでてきた。
「仁ちゃんはあたしの仁ちゃんなの。いくら佐藤さんでも仁ちゃんに手を出したら許さないんだから。でもだからといって、出したのは手ではなくて身体だとか、ぶち込まれたのが仁ちゃんのちんちんだとか、そんな子供じみた言い訳が通ると思わないでくださいね」
「おい、こら、そこの変人。おまえは年相応に子供じみたことをいえ」
「ええーっ。仁ちゃんはあたしだけじゃ不満だっていうの? あ、もしかして絶倫?」
「あほかっ」
「大丈夫だよ。仁ちゃんのためなら何回だって逝けるから。あたしだけに任せてね」
「あら。将来が楽しみな子ね」
そうだった。佐藤と霞ヶ丘以上に、百合に会わせてはいけないやつがいたんだった。
「あんたは入って来るな。そして、今すぐに百合のことは忘れろ」
尾堂先生が、嬉しそうな笑みを向けてきた。
「いいじゃないの。百合ちゃんと私と3人で楽しみましょうよ」
「賛成の反対」
と、百合が謎の抗議をした。
「仁ちゃんはあたしの味だけを知っていればいいんです。だからその他の女体は不要でーす」
「味とか女体とか、少しは慎みを持て」
「あたしは慎みよりも、仁ちゃんを包みたいから、これでいいのだ」
「……おい、聖和。この変態をどうにかしろ。みんながドン引きしてんだろうが」
事実、百合の本性を目の当たりにして、佐藤と霞ヶ丘は自分たちは関係ないとばかりに寄り添って引いた目で百合と尾堂先生を見ている。その目がこっちに向けられたところを想像したら、どうにもいたたまれない気分になった。
「諦めろ」
「頼むから諦めないでくれ。俺が終わっちまうんだろうが」
「いや。そこからが始まりだ」
「……いいこといったとか思ってんなよ」
ぎくりとしたように聖和がコップを持ったまま固まった。
「すまん。一度いってみたかっただけだ」
だよな。昔からそういうやつだったもの。
その後で俺は、百合の暴走に便乗しようとする尾堂先生を黙らせつつ、佐藤と霞ヶ丘に対するフォローに奔走するという八面六臂の大活躍をした。
もはや夕食の準備どころではなくなり、16時を迎えた。邦志のお迎えに行く時間だ。
結局、尾堂先生の話しは夕食を食べながら聞くことになったのだが、尾堂先生と夜に二人きりになるというシチュエーションは避けたいところだった。なぜならば、尾堂先生に迫られたとして断りきれる自信がないからだ。そこで尾堂華恋対策で佐藤か霞ヶ丘に残ってもらうように頼んだところ、百合までが残ると言い出して、大もめにもめている間に、聖和が勝手に紅葉おばさんに連絡しており、全員で夕食を取ろうという話になった。
となれば、尾堂先生にはお見合いの話があるから待ってましたとばかりに張り切り出してしまい、そこに加えて、いっそのことすべてを同時に片づけてしまおうという運びになり、聖和が殊の外はりきり出して正樹を呼び出してしまった。
好きにしてくれと自棄バチになり、お好み焼きのタネ作りを佐藤に託して、邦志のお迎えに出かけた。
図らずもお好み焼きパーティーとなってしまった晩餐は、尾堂先生の俺に対する説教に始まり、俺と文化祭の話に移り、そこに正樹と内海のデート話が加わるや、尾堂先生と利樹さんのお見合いの話までもが絡んだかと思えば、百合が「あたしも仁ちゃんと結婚します」と宣言したことで、酔っ払いどもの演奏を聞いているような、ごった返した騒々しいものとなった。
そのおかげといえばいいのだろうか。お見合いの話と正樹のデートの話は、この場で片付いた。
ただ、佐藤と霞ヶ丘と百合の間の距離が劇的に近づいていたのは気になっている。何も起こらなければいいのだが……。
そんな不安を抱えたまま夏休みに突入した。
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