添い寝する幼馴染がペンを突き立てるワケ

井戸端 計

          1.添い寝

――ねえ。眠れないの。そっち行ってもいい?――


「は?」


寝る前にスマホをいじっていたら、急に柚華からそんなメッセージが送られてきた。


思わず声が出る。見間違いかと目を擦って画面を凝視してそれが本当のことで首を傾げた。スマホの上部にある時計は午前二時を指している。アイツは何を言ってんだ? 新手のいたずらか?


 かなり久々に来た幼馴染からのメッセージ。そいつは突拍子もなくて、俺の眠気を吹き飛ばすには十分すぎた。


 いくら俺が幼馴染とはいえ、深夜に、それも高二の思春期真っ盛りな男の部屋に女子が来るのはどうかしている。


――じゃあ行くから、よろしく!――


 既読をつけたからか、柚華から続けざまにそんなメッセージが送られてきた。おまけにダッシュするクマのスタンプまで添えられている。どうやら本気らしい。

 

 え? ちょっと待てよ!

 

 俺は慌てて立ち上がり、部屋の電気を付けて周りを見渡した。水着のアイドルが表紙を飾る週刊誌がまず目に入る。やべえ。やべえ。週刊誌を手に取るとクローゼットの中に放り込んだ。それから壁に貼っていたアイドルのポスターを剥がした。柚華に、いや女子に見られたらマズイものを片っ端から探し、見つけ次第クローゼットに投下した。

 

 そうこうしていると、コツコツとガラスを叩く音がした。俺は生唾を飲んでカーテンを開けると窓の向こうに柚華が立っていた。「あけて」と口パクをしている。


 俺が掃き出し窓の鍵を開けると、柚華はカラリと窓を開けて俺の部屋に入ってきた。冷えた夜風が足の甲に当たった。


「あー寒かった。そろそろ六月だけど、まだ夜は寒いね。いやあ、りょー君の部屋が一階で助かったよ」

 

 柚華が両手で肩をさすっている。


「ちょっ! お前、なんで来てんだよ。今よ――」

「シーッ。夜中なんだから静かに」

「あ……おう」

 

 柚華は人差し指を口元に当てた。確かに、大声で寝ている親が起きたら大変だ。もしも、こんな深夜に幼馴染とはいえ女の子を連れ込んでいるのが見つかればタダじゃ済まされない。


「なんで、来たんだよ?」

「さっきメッセージ送ったじゃん。寝れないって」

「いやいや寝れないからってさ……」


 俺は呆れた。柚華はどこかおとなしく見えた。俺が知っている柚華と雰囲気が違う。

 

 服のせいか?


 柚華は淡い青色のパジャマの上に ベージュのカーディガンを羽織っていた。俺が知っている柚華じゃ絶対にお目にかかれない格好だ。俺には歳の離れた姉がいるから女性モノのパジャマには見慣れている。が、着ているのは姉ではなく柚華だ。思わず凝視してしまう。


 柚華は「うわあ、りょー君の部屋とか中学以来だねえ」と興味津々の様子で部屋を探索しはじめた。柚華が歩くたびに鳴る素足がフローリングに張り付くペタペタした音がやけに生々しい。


「あれ、エロ本とか無いんだね」

「ねーよ。仮にあったとしても柚華に見せねーよ」

「ふうん。まあいいや。……うん、クローゼットの中はチェックしないであげるよ」

「そうしてくれ」


 それから柚華は部屋の物色に飽きたようで、ベットの端にちょこんと座った。


「りょー君の部屋に来るのも久しぶりだけど、りょー君と話すのも久しぶりかも。高校も同じで家も隣なのにね」

「俺らも高校生になったんだし、昔とは違うだろ」

「そう? りょー君は昔と変わらないみたいだけど」


 柚華が俺の顔を見て笑っている。


 確かに、俺は昔となんら変わっていないのかも知れない。だけど、俺から見れば柚華はだいぶ変わった。


 男勝りで俺よりも男なんじゃないかってくらいやんちゃだった柚華は高校生になって随分と大人しくなった。お尻も胸もかなり大きくなって体つきは全体的に柔らかな大人の女性っぽい。……それに彼氏も居るし。俺なんて彼女ができる気配すらないと言うのに。


「何変な目で見てんの? 変態」

「見てねーよ」


 それから俺は柚華とポツポツと他愛もない雑談をした。同じ高校に通っていると言っても、俺は理系で柚華は文系だからクラスが異なるのだ。クラスが違えば人間関係も大きく変わる。話のネタは尽きなかった。


 柚華の彼氏の話にはお互い触れなかった。幼馴染の彼氏の話なんぞ聞きたくもなかったし、柚華も話そうとはしなかった。


 気づいたころには柚華が部屋に来てから三十分経っていた。


「もう夜遅いんだからさ、帰った方がいいぞ。明日も学校あるんだし」

「えー、まだ話し足りないよ」


 柚華はまだ居座るつもりらしい。俺だってまだまだ話し足りない。けど、流石に深夜だ。ベットにごろんと寝転んで布団を被り睡眠の体勢に入る。


「眠いんだよ。俺、寝るから。帰ってくれ」

言ってもダメなら、と態度で示した。


 ベットが軋み反動で体が揺れた。柚華が立ち上がったらしい。よかった。帰ってくれるようだ。


 パチリとスイッチを推す音がして、ふっと部屋の照明が消えた。

 

 足が床を擦る音がする。そして、ベットが軋んで揺れた。掛け布団の端が上げられ、その隙間に柚華は身体を潜り込ませてきた。


「じゃあ私も一眠りするから」


「は?」


 いい加減にしろ、と振り向こうとしたら、背中に何か硬いものを突き立てられた。


「あ、これ以上近づいたらダメだから」

 

 カチリとノックする音。さらに鋭いものが突き立てられた。尖っているからチクリと痛い。多分この感触は、ペン先だ。


「柚華、なにやってんだよ」

「だって、りょー君も男なわけじゃん。色々と危なそうだし」

「だったら、家に帰れよ」


「いいじゃん。少しだけ。少しだけだから……さ。理由は聞かないでよ……」


 柚華は消え入りそうな声色でそう言って、グリグリとペンを押し付けてきた。


「痛え、痛え! わかったから、ペン先しまってくれ」

「……ありがと。ホントに一眠りしたら帰るから、お願いね」


 そう言って柚華はペンをノックしてペン先をしまった。しかし、ペンは俺に突き立てられたままだった。


 数分後、後ろからすうすうと寝息が聞こえてきた。どうやら柚華は本当に眠ってしまったらしい。首筋に柚華の吐息が当たってくすぐったい。


 いつもなら深夜の我が家は、冷蔵庫のぶうんと鳴る音と親父のいびきで満たされているはずなのに、今はそこに柚華の寝息が加わっている。ありえない話だ。さらに、柑橘系の匂いが鼻腔をくすぐる。柚華が使っているシャンプーの匂いだろうか。


 俺は寝てしまおうとと目をつぶった。早く寝てしまわないと俺がどうにかなっちまいそうだ。しかし、寝よう寝ようと思うときほどなかなか寝付けないもの。かえって心臓がドクドクと鼓動を早めているようだ。


 でも、後ろから聞こえてくる柚華の寝息はどこか子守唄のようで、その寝息に聞き入っているうちにどんどん睡魔が襲ってきた。


 どうして柚華は俺の家に来たんだろう。



 翌朝、母親が俺の名前を呼ぶ声で目を覚ました。


 後ろを見ると柚華の姿は綺麗サッパリなくなっていた。

 

 掃き出し窓のカーテンが半分開いている。


 本当に柚華は一眠りして帰ったようだ。まるで昨晩のことが夢みたいに思える。

 

 しかし、柚華はたしかにここで寝ていたのだ。


 俺は左右を見て誰も居ないことを確かめた。そして、多少の興味本位で柚華が寝ていたであろう場所に顔を埋めてみた。


 ほんのり柑橘系の香りがする……


………………。


「りょー! 起きてるー?」

「うわっ!? お、起きてるよ!」


 キッチンから母親が大声で叫んできた。


 驚いて顔を上げる。そして、自分がやっていることが急に恥ずかしくなって、顔がぼおっと熱くなった。


 ブンブンと頭をふって時計を見ると、いつもより起きる時間がだいぶ遅くなっていることに気づいた。まずい。急いで制服に着替えた。


 朝ごはんと身支度を手早く済ませて家を出た。自転車に跨って高校へと向かう。


 いつもより五分遅れで家を出てしまった。このままでは柚華と遭遇してしまう。


 風を切って自転車を漕いでいると、家から一番近い国道沿いのコンビニが見えてきた。店前には柚華が居た。彼女は彼氏を待っているのだ。


 柚華はこちらに気づいたようで、俺の方を見た。小さく手を振っている。

でも、僕は全然気づいていないフリをして下を向いてその前を駆け抜ける。


 柚華は彼氏と付き合い始めてからというもの、毎朝ふたり一緒に登校していた。小学生かよ。


 あいつらは二人の時間に浸っているせいなのか、進む速度がかなり遅い。しかも本当に幸せそうに笑っている。


 そんな二人の姿を前にして登校するのは心苦しい。目の毒である。それに、その二人を追い越すのもかなり気まずい。そのときの二人が俺を見るその視線がどうしようもなく見下されているようで嫌なんだ。


 ああ、お前らのせいで、俺は朝練も無いのに朝早くに登校することになった。


 しかし、昨日の柚華はなんだったんだ? 寝れないとか言っちゃってさ。柚華は彼氏がいて、十分リア充してるだろ。悩みでもあんのか。それなら俺じゃなくて彼氏を頼ってくれよ。


 考えれば考えるほどモヤモヤして、その分ペダルを踏む足に力が入る。


 五分遅れで家を出たはずなのに、高校にはいつもより早く到着した。


 なんで俺なんだよ……


 額からボタボタと汗が落ちた。

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