第2話 再会
そして1ヶ月後に帰る予定を少し早めて、俺は東京の有名な病院の庭のベンチで本を読んでいた。
何故、俺が病院の庭のベンチで本などを読んでいるかと言うとそれは彼女の両親のたっての願いだったからだ。
彼女の両親の話はとても重苦しいものだった。
彼女が数万人に1人と言う難病に侵されていてそれ程長くは生きられない事を告げられた。
今は薬で進行を緩やかにしていて症状は落ち着いているとの事だった。
病名はこの際言わなくても良いだろう、俺にはすんなりと受け入れる事ができた。
ネットで詳しい事を調べた事があるが判らないことだらけだった。
進行性で体の機能が徐々に衰え最終的には記憶さえ曖昧になっていってしまうらしい。
世の中には認定さえされていない不治の病つまり難しい病が沢山ある事を思い知り。
彼女には告知されて居るとの事を告げられて、偶然を装って出会って欲しいと頼み込まれてしまった。
まぁ、彼女の性格が変っていなければ納得が行く願いだった。
性格なんて物が10年くらいで変るもんじゃない。
両親に連れられてノコノコ見舞いになんて行ったら確実に拒絶されるのが目に浮かぶより明らかだった。
そんな訳で、俺は木陰のベンチに座り本を読んでいた。
彼女の日課になっている散歩の時間を確認して。
日課とは言え体調が悪ければ散歩なんて出来ない訳で、その時は待ち人来ずになってしまうがそれはそれで翌日来ればいいくらいに考えていた。
しばらくすると車椅子を看護婦さんに押してもらいながら楽しそうに談笑する女の人が近づいてくるのを感じた。
「ん~んん」
温かい木漏れ日が射す下で本を読んでいたせいか眠くなり本を膝の上において、両手を頭の上に上げて伸びをした。
「ええ! やっ君じゃないの?」
車椅子に座ってクリーム色のパジャマの上に蒼いカーディガンを羽織った女の人が少し驚いた顔をして声を掛けてきた。
「やっ君だよね。ええっと八雲隆志(やくもたかし)さんだよね」
紛れも無く彼女だった。
島に居た頃の彼女は真っ黒に日焼けしていて今は色が白くなっていたが、あの頃と変らない人懐こそうな笑顔で。
あの頃と変らない呼び名で話しかけてきた。
「美緒じゃないか。久しぶりだな」
「えへへ、まだ下の名前で呼んでくれるんだ」
「これは失礼、美月さんで良いのかな?」
「良いよ、美緒で。この年で未だに結婚できてないんだから。でも、何でやっ君がこんな所に居るの?」
「ああ、ここの病院に知り合いが入院してるんだよ。久しぶりに内地に帰ってきたらここに居るって聞いて会いに来たんだけれど検査で会えなくって、時間を潰していた所だよ。それより美緒はどうしたんだ?」
少し戸惑った表情をして美緒が話し出した。
「私も体調を崩して今入院中なんだ」
「そうなのか、難儀だな。でも、こんな所で再会するなんてミラクルだな」
「そうだね、まるで奇跡だね。やっ君、時間はまだ大丈夫なの? 大丈夫なら私の病室でお話しようよ」
奇跡だと言った彼女の目が不思議と輝いて見えた。
「構わないぞ。知り合いには明日にでもまた会いに来るから」
「明日も来るの?」
「ああ、しばらく内地でゆっくりしようと思っているんだ」
「そ、そうなんだ」
看護婦さんに代わって美緒が座っている車椅子を押しながら美緒の病室に向かった。
彼女の病室は3階の南向きの明るい個室だった。
病室に入ると彼女の母親が部屋を片付けていた。
「お母さん、ただいま」
「お帰り、美緒。あら?こちらの方は?」
「あのね、聞いて、聞いて。凄い偶然なんだよ。10年ぶりくらいになるかなぁ。庭を散歩してたらやっ君がベンチで本を読んでてね、美緒驚いちゃった」
「始めまして八雲隆志といいます。美緒さんとは……」
「美緒が島にいた時の元彼なの」
彼女は何も変っていなかった。
自分の事を美緒と言うことも、そしてこの開けっ広げな性格も。
見た目も殆ど変っていなかった。
小柄な体つきそして緩くウエーブの掛かった長い栗色の髪の毛。
変った所と言えば顔つきが少し大人びた所だろうか。
「それじゃ、ママは売店で冷たい飲み物でも買ってくるわね」
「お願いね」
「お構いなく」
俺が言うと軽く会釈して彼女の母親が病室を出て行った。
窓辺に車椅子を進ませ彼女が椅子を取ろうとしている。
「気を使うなよ。美緒は病気なんだから」
「えへへ、相変わらずやっ君は優しいね」
「寝てなくて良いのか?」
「うん、今日は凄く調子が良いし。それにやっ君に会えたんだもん、いつまでこっちに居る予定なの」
彼女が取ろうとしていた椅子を手に取り彼女の前に置き腰掛けた。
「10日くらいかな、予定としては」
「いい加減だな、もう。そんな事だと奥さんに嫌われちゃうぞ」
「実は別れたんだ」
「えっ、ごめんなさい。美緒、知らなくって」
「気にしなくて良いよ。何年も前の事だし、美緒とは10年以上会ってないんだから知らなくて当たり前だろ」
「えへへ、そうか。そうだったんだ」
彼女がペロッと舌を出した。
少し嬉しそうな表情が気になったが思い過ごしだろうと気にしなかった。
彼女と最後に会ったのは俺が結婚して直ぐの頃だった。
理由は忘れたけれどバイト仲間の女の子が結婚するとかで久しぶりに仲間内で集まった時に、なぜか彼女がその場に居合わせたのだ。
確か『結婚おめでとう』と言われたが突然の再会に何を話して良いか判らずに『ありがとう』とだけ答えたような記憶が頭の片隅に残っていた。
「やっ君は、今仕事は何をしているの?」
「無職の風来坊さ」
「また、そんな冗談を言う」
「本当だよ。働き詰めで少し体を壊してしばらくゆっくりしようと思ってるんだよ」
「そうなんだ。今も島に居るんでしょ」
「あの頃と変らず同じマンションに居るよ」
「へぇ、美緒も島に行きたいなぁ」
「体が良くなったら遊びに来れば良いさ」
それは、たぶん彼女にとっては一番酷な言葉だっただろう。
しかし、俺が気を使って話せば直ぐに見抜かれてしまうことなど判りきっていた。
心苦しいが仕方が無い事だと自分に言い聞かせるしかなかった。
「そうだね、必ず行くもんね。島に行ったらまた海に連れて行ってね。約束だよ」
「ああ、約束するよ」
しばらくすると母親が缶ジュースを手に戻ってきた。
3人で他愛の無い話をしていると面会時間が終わろうとしている事に気が付いた。
「そろそろ帰らないとな、美緒もちゃんと体を休めるんだぞ」
「うん、ありがとう。それじゃね」
彼女に手を振って病室を出ようとした時に、戸惑ったような顔をしながら美緒が声を掛けてきた。
「やっ君、明日は何時頃に来るの?」
「特に決めてないけれど、どうしたんだ?」
「本当に久しぶりに会ってこんな事を言える義理じゃないんだけれど、出来れば朝1番に会いたいなって思って」
「判った、美緒の頼みなら聞いてやるよ。明日の朝1番で会いに来るよ」
「本当に? 約束だよ。嬉しいな、えへへ」
彼女がはにかみながら笑っていた。
その笑顔に見送られながら俺は病室を後にした。
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