第5話
言葉を遮られたマスターは、汗をかいた手を握りしめた。
そして半ば食ってかかるように、メロウの話に割って入る。
「きみはその悲劇を知っている、いや、調べたというのか?どうやって!?そしてその事を知ってなおここへ来たのは、どうして・・・・!」
「マスター」
勢いよく言葉を続けたマスターを、メロウはキッと見つめた。
「わたしは探偵です。いまは調査の過程を話すことは出来ません。今後の過ごし方によっては、いずれ、お話しする機会もあると思いますので」
先ほどまでとは違いペラペラと機械的な話し方に少し驚きながら、マスターは息を吐き落ち着きを取り戻そうとした。
そして、自身の中で何かを納得させたように頷いた。
「分かった、すべての疑問は君の話を聞いてからにしようか」
メロウはその言葉に、口の端を上げた。
「そうしていただけると、ありがたいです」
しばらくカウンターに置いた紙に目を走らせ、トントン、と指を目頭に軽く当てる。
まるでイラついているかのような仕草を、マスターは静かに見守った。
「悲劇、なんて、簡単に言葉にしてしまうのは、間違いでしたね。彼女の心情を思えばこそ、怒りすら込み上げる」
メロウは自分に言い聞かせるように言った。
「その日、彼女と母親は二人で家に居ました。父親は例の友人と出掛けていて留守だったようです・・・・そこへ癒しの歌声の噂を聞いたであろう人身売買組織が人を雇い、彼女たちは襲われました。銃を・・・・持っていたそうです。そんな奴らに、女性二人で対抗出来る訳がない。けれど母親は奴らの目的に気づき、必死に娘を守った。そして・・・・」
メロウは天井を仰ぎ、それからマスターを見る。
「母親は、銃弾に倒れました。彼女の、目の前で」
マスターはぎゅっと目を瞑ると、唇を噛み締めた。
「彼女は叫び、それと同時に、ふつふつと胸の奥から、自分自身ですら制御できないくらいの憎悪がわいたでしょう。そしてそれは、彼女の腹の奥底から、喉を通り、口から溢れた・・・・まるで聴いたことのないような、低く、地面を揺するほどに響きわたる、哀しい旋律となって・・・・」
メロウはそこまで話すと、ハッとした。
マスターの目から、すうっと涙が溢れ落ちる。
「マスター・・・・」
「いいんだ、続けてくれ」
メロウの優しい声音に、マスターは首を振った。
「・・・その歌声を聴いて、街を行き交っていた人たちは気分が悪くなり、中には強い吐き気を感じた人も居たそうです。家の窓が閉まっているにも関わらず歌声が漏れ聞こえてきたのは、それが最初で最後たったようですが。そんな声を室内の近距離で聴いた彼らは・・・・順々に意識を失い、倒れていきました。そこへちょうど、父親と友人の二人が帰宅します。当然外から異様な空気を感じ取っていたでしょうから、急いで家に入り、凄惨な光景を目の当たりにします」
マスターに焦点は合わさず、メロウは続けた。
「そして彼らもまた、とてつもない気分の悪さに襲われます。それが彼女の歌声によるものだと察した父親は、それでも彼女に駆け寄って抱きしめました。そこでやっと、彼女自身も我に返り歌は止みます。そしてさらに、その目で自分のしたことを見つめ、狂ったように叫びながら父親にしがみつきました。自身の側で母親が血を流して倒れ、さらに家の中では数人の男たちが倒れて・・・・死んでいる」
メロウの話に、ついにマスターは嗚咽を漏らしながら泣き始めた。
「彼女の憎しみと怒りに満ちたその歌声は、彼らを・・・・死へと追いやってしまった。癒しの歌声とは正反対の、まるで、呪いのような旋律で」
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