第3話



メロウは紙を並べ終えると、それぞれを指しながら語り始めた。



「ローレライと呼ばれている少女は、西の大地で生まれているそうですが両親はどちらも西の地出身ではないようです。彼女らが住んでいたという街を訪ねましたが、彼女の容姿はとても美しく、街のどの人たちも覚えていました・・・・まあ、その彼女自身に本当に噂通りの力があるかどうかは別ですが」



彼はコホン、と咳払いをした。



「髪は陽の光によって銀にも金にも見えるように輝き、瞳は吸い込まれそうな漆黒、肌の色は白く触れれば跡がつきそうな程、だとか。北の大地出身の母親と、東の大地出身の父親から良いところを受け継いだようです」



目線だけチラリとマスターへ向け、また並べられた紙へと視線を戻す。



「母親は北の大地にいた頃<大地の歌い手>と呼ばれ、その地に代々伝わる歌を歌って各地をまわっていました。歌い手は大勢いましたが、彼女の母親はその中でも歌姫と呼ばれるほど美しい声をしていたようです」



マスターが、ふと顔を上げ天井を仰いだ。



「大地の歌い手、か。懐かしいな。十数年前、北の大地がその扉を堅く閉ざすまではよく歌い手たちがこの西にも渡ってきていたよ。本当に美しい声と歌で、聞いていて涙を流す者すらいたな」



遠く、誰かを想うようなその言葉が、店中に細く響き渡る。

メロウはその響きが途切れると、また語り始めた。



「・・・ミスターグッドナイトの言うように、その母親も西の大地へ訪れていました。そこで、彼女の父親になる青年と出会います。彼は政府の研究機関で働く博士でした。出身は東の大地ですが、その天才的な頭脳を買われ西の大地へ移り住んでいたようです。東の地は、西や北の地ほどに科学技術に重きを置いてないですし、西の大地の政府は、研究機関の科学者たちには高水準の生活を保証していましたからね」



つらつらと箇条書きの文を繋いで語り、トン、と音を立てて指をカウンターに置いた。



「出会った二人は数ヶ月の交際の後に結婚し、子供が生まれます」



彼はまっすぐに、マスターを見つめる。



「それから9年後・・・・噂の元となったある事件が起きます」



カウンター越しのマスターの額に、汗が滲む。

メロウの手もまた、汗ばんでいた。



「先ほど街の人たちから聞いた容姿で、さらに彼女は母親譲りの美声の持ち主だった。よく家の中から漏れ聞こえる歌声に、皆さん心が洗われるようだったと言っていました。そんな彼女が、不運にも出掛けた際に交通事故にあってしまいます。すぐに病院に搬送されましたが、既に身体の半分程は機能していなかったようです」



すぅ、とメロウは息を吸い込むと、静かに、長く吐き出した。


「そこで彼女の父親は、同じ研究機関で働いていた友人に声をかけ、彼女をこっそり病院から自身の家の隣りにあるラボへと運びました。豪雨の中、ガラスケースのような医療装置に入って運ばれる彼女を近所の方々が目撃しています」



マスターの表情を伺うように、ゆっくりと、目を見つめながら話を続ける。



「彼女の父親は、個人的にある研究をしていました。その頃はまだ正式に政府も取り入れていなかった、ナノマシンや機械による義骨や義臓器の生成、そして移植です。彼は医療技術に関しても相当な知識者だったと聞きました。医療技術と科学技術を応用し、より多くの人を助ける研究治療、それをまだ実験的な段階で、娘に施すことにしたようです・・・・と言うよりも、それしか彼女が助かる道は無いと、彼には分かっていたのでしょう」



汗ばんでいた手を開き、そちらに視線を落とす。


「いまでこそ、神経を全て繋ぎ、義手、義足を自分の今までの手足と同じように違和感無く動かすことが出来る技術は、その当時はまだ本当に実験段階だった。ましてやそれを、臓器にも応用することなど・・・・彼でなくては、出来なかったはずです」



マスターは無言で聞いている。



「彼が呼んだ友人もまた、本当に素晴らしい科学者だったようで、彼女への治療は進んでいきました。でもそこへ、運命の悪戯か、神の言葉か。通常なら有り得ないような、奇跡が起きました・・・・降り続いていた雨と共に、一筋の落雷がラボへと流れたのです」



メロウは外を指さした。



「普通、都市部のビルや家などの建物はどんなに古くても雷を逃す仕組みが施されていますよね。何十年も、雷が落ちたなどと言う事象は、無かったんです。その時までは」



晴れて砂埃の舞う外を、目を細くして見つめる。



「この科学の発達した世界では使うことすら恥ずかしい言葉ですが・・・・それはある種の、魔法だったのかもしれませんね」




「・・・魔法、か・・・・」




しゃがれた声の音が、そっと店内に余韻を残した。

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