バイオテック・ローレライ

瀬良ニウム

第1話

世界は大地が東・西・南・北それぞれに分断され、各々独自の文化と国を築いていた。


西の大地、通称グレートフィールドは強大な軍事力と高度な科学技術力を誇る、この地球上で最も勢力のある国家だった。


都市部では人工知能を持つアンドロイドと人間が共存し、外見だけでは到底見分けがつかない程にその技術力は卓越していた。

ほとんどの情報はコンピュータネットワークによって管理、監視され、優秀な科学者や技術者たちは皆政府機関で研究や開発、職務に明け暮れている。



そんなグレートフィールドも中央の都市部を離れると砂漠地帯や荒廃した街が点在した。

勢力拡大を目論む政府に対しあまり良い感情を持たない者たちや貧困にあえぐ者たちは、そこへ寄り集まり暮らしていた。



その中でも特に大きく有力な反対勢力を有する街、ブラックタウン。そこに存在する抵抗組織は政府でさえ迂闊に手出し出来ない程のものだった。





【カフェ・スロー】

ブラックタウンにある商店街の一番端には、そう書かれた看板の古風な喫茶店がある。


そんな店のガラスと木で出来た入り口の扉が、カランコロンと音を立てて開いた。

艶を失った鐘の音は、それでも風情を感じさせる。


店に入ってすぐの所にある小さなカウンターから、マスターであろう初老の男性が顔を出した。


「いらっしゃい」


扉の前には、おおよそブラックタウンでは見かけないであろう格好の青年が立っている。

白いシャツに、茶色のベスト、アイボリーのスラックス。腕にはキャメル色のコートが引っ掛けてあり、足元には大きなスーツケースも置かれていた。


「やっているようですね、助かった。喉がカラカラで」


青年はそう言うと、スーツケースを持ちカウンターにある椅子へ腰掛けた。


荷物を隣へ置くと、カウンターの中にあるポットを見つめニコリと微笑んだ。


「コーヒーを一杯お願いします」


マスターはチラリと青年を見て、それからゆっくりとコーヒーを淹れ始めた。


青年は微笑みながら、注がれる液体を見つめる。


「はいよ」


しばらくして、青年の前に白く湯気のたつカップが置かれた。

彼は小さな動作でカップを持ち上げ、少しそれを啜った。


「美味しい。都市部で飲めるコーヒーとは全く違いますね。機械でなく、人に淹れてもらうとここまで深みがでるなんて」


青年の感想に、マスターが笑う。


「このご時世、ごく普通の家庭だってコーヒーメーカーがある。わしだって家に帰れば、スイッチひとつで飲むよ」


老人の嫌味のような、一種のジョークのようなそれに青年はハハハと笑った。



「ところで」

マスターはふと表情を硬くして青年を見た。

長く後ろにまとめられた白髪にも、緊張感が走る。


「君は何のためにここへ来た?この辺りじゃ見かけない顔だ」


青年の表情は、変わらずにこやかだ。


「わしのコーヒーを飲みにここまで来たわけじゃ無かろう?ここはブラックタウンだ。都市部の人間はめったに来ない」


青年の服装、そしてスーツケースに目をやり、アゴをくいっとそちらへ動かした。


「旅行で来るような所でもない。普通の人間は立ち寄らん。ここは、そうゆう所だ」


そこまでマスターが話すと、青年はカウンターにカップを下ろして頷いた。

そして、ゆっくり口を開く。


「わたしの名前は、メロウ・ロドリゲス。都市部で私立探偵をしていました」


薄茶色の前髪が彼の口の動きに合わせて揺れる。


「マスターは、五年程前にこの西の大地で流れた噂をご存知ですか?」


「・・・どんな噂かね?」

マスターが眉を潜めた。



「ローレライと呼ばれた、歌姫の噂です」

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