第83話 フリントロック式前装銃
遅い夕飯を食べながら、八尾はアンたちにミラと与作が例の事を判っていると伝えた。
「そういえば、ちょっと大人びた顔つきになってましたデスね。」
「じゃぁ与作も頑張って稼ぐって事でオーケーなのねっ 良かったじゃないっ」
「あぁ、後の心配事は止め刺しと熊だなぁ」
「熊ねっ、確かに怖いわねっ、タケルは如何するつもりなのっ?」
アンはウキウキとした感じで八尾に訊く。
八尾の事だ、何か特別な対策があるに違いない・・・と。
「どうしようか・・・」
アンは口を開いて肩を落とし、愕然とした表情で八尾を見上げる。
「いや、だってさ、熊だよ? 12番の散弾だって結構キツイのにさ、
弓と槍じゃ人が大勢必要でしょ?
罠で取るにしたって、ドラム缶みたいな檻じゃなきゃ直ぐに壊されちゃうし」
誰でも簡単に取れるようなものであれば脅威でも何でもないのだ。
猪ですら、ちょっと大きいサイズは対峙するのに命の危険がある。
「矢と槍にトリカブト塗ったとして、上手く行っても効くのは数分後だしな」
「毒・・・デスか? 取り扱いと保存に相当の注意が要りマスね」
べるでは難しそうな顔をして呟いた。
「後は・・・べるでがやってるソレかな・・・アンモニアの臭いがたまにしてたのはそうなんだろ?」
「ご存じでシタか。タケルさん、流石です。」
「なにっ?なんの事よっ?」
「べるでは黒色火薬作りをしてたみたいよ? だよね?べるで」
「べるで、あんた火薬作りしてたのっ?」
「はいっ、オネェサマが火縄銃があると前に言ってましたので。」
「そうだ、それ未だ見てないや、アン、見せてよ」
町へ行く時にアンが話していた火縄銃だ、代々この家に伝わっているものらしい。
「仕方ないわねっ。ルイの家にも有るはずよっ」
と面倒くさそうに言った後、寝室に行き飾り棚の裏から1丁の銃を取り出した。
「あれ?これは・・・火縄銃じゃなくてフリントロック式じゃないか 珍しいなぁ
それに凄い彫刻だ。横なんか
火縄で火薬に着火する火縄式銃ではなく、火打石の原理を使う。
火皿前の鋼をハンマーに付けられた火打石で擦って火花を散らし、火皿の火薬に着火するタイプの銃である。
銃には細やかな彫刻が施され、横の機関部には金を埋め込んだ彫刻まであるのだ。
そして、銃口を覗くとうっすらと螺旋が刻まれている。
ライフルド・マスケットである。
あまり使用された形跡は無く、歴史のある美術品と言った感じである。
八尾の知っている火縄銃とは銃床の形が異なり、銃尾を肩に付けるタイプであった。
子供がおもちゃを見て喜んでいるような八尾を、アンは冷ややかな目で見ていた。
八尾は火蓋を開けると口を付けて、ふっ、っと火皿から息を吹き込んだ。
どうやら火薬も弾も入って無いらしく、軽く息は銃身に通った。
そして、ハンマーを起こし、引き金を引いた。
カチン
心地よい作動音と共に、火花が散った。
銃はまだ生きていた。
八尾はストレージからぼろ切れに油を染み込ませてある油布を出し、触った所を重点的に、全体を綺麗に拭った。
アンはそれを受け取ると、金属部分に触らないよう木部を持ち、また飾り棚の裏に銃を仕舞った。
「アン、これは・・・流石に貸すわけにはいかないな」
アンは、その言葉に驚いたが、顔がみるみると明るくなる。
八尾は言葉を続ける。
「なんかこれは普段仕事に使えるって感じじゃない。まして貸したり、譲ったりできるようなものじゃ無い。
多分、日本刀と同じような感じで、魂みたいなものじゃ無いか?・・・ヤークトガルデン家の」
アンは見透かされたような発言に恥ずかしいような嬉しいような複雑な顔をした。
「多分、他にもう1丁あると思うんだが。・・・ルイの家にもあるなら、あっちにも同じように普段使いの銃があると思う」
「そう言えば・・タケルさん、居間の茶箪笥が怪しいデス。中の引き出しと厚みが合わない気がしマス」
八尾は茶箪笥を調べた。天板の下が微妙に余裕を持った作りになっている。
動かしてみたが、天板は開かない。
「あらっ?この取っ手回した後じゃないっ?」
アンは茶箪笥の横に付いている取っ手に注目した。
普段、使い勝手が良いのでタオルをぶら下げていた取っ手である。
鉄製の取っ手が取り付けられた側面には、うっすらと取っ手を回転させたような傷が入っている。
「怪しいわねっ、時計回りにしか回らないわよっ?」
「オネェサマ、壁に隠れて見にくいデスが、反対にもありマス」
アンが細い手を壁と茶箪笥の間に突っ込んで回す。
すると今までびくともしなかった天板が僅かに動いた。
天板を上に持ち上げると、奥側がヒンジになっているようで車のトランクのように開いた。
中には彫刻の無い使い込まれた平筒のマスケット銃が2丁、銃身がちょっと短めだが、ライフリングが刻まれたライフルド・マスケット銃が1丁、
それと小間物と一緒にバネ等の消耗品が部品として油紙に包まれていた。
「わぁっ、凄いわねっ、これっ3丁もあるわっ」
「う~ん、まさか3丁もあるとは・・・」
「タケルさん、ちょっと失礼しマス」
べるでは銃を受け取るとストレージに一度仕舞ってからゆっくりと出す。
それを3丁とも全部行った。
「銃に見えない傷や亀裂は有りまセンでした。尾栓も良好デス。中に弾や火薬も装填されていまセン」
取り出す時にスキャンしたらしい。X線検査みたいなものだろうか?
「試し撃ちしてみるか・・・」
小間物の中に火薬や弾も残っていたので、胴薬をキャップに移し、銃口に入れる。
その後、端切れを銃口に付けて弾を指で押し込む。
ある程度入ったら、銃身の下に付いているカルカと呼ばれる棒で押し込み、何回かトントンと突き奥まで弾が入ったことを確認した。
そして、庭に出ると桶に水を張り、そこに狙いが付くように、積み上げられた薪の上に銃を置いた。
引き金に糸を結び付けて家まで伸ばす。
そして、ハンマーを少し起こして火皿を空け、口金にサラサラの火薬、口薬を流す。
口金を閉じた後、ハンマーを完全に起こし、家に入る。
古い銃の試射では何が起こるか判らない。暴発や破裂等で金属片が飛んでくるかもしれない。
3人で柱の陰に隠れた。
そーっと糸を引っ張るとカチンと音がしたあと、ドーンと言う音が聞こえた。
外にでて盥を見ると、水の張られた桶に穴が開き、反対側の板は割れて吹き飛んでいた。
「うん、大丈夫だ。銃にも問題ないし、威力もほらっ」
と桶を指さす八尾。
「あーっ、どうすんのよコレっ、よく見ればお風呂の桶じゃないっ」
「お風呂の桶・・・干しっぱなしでシタわね・・・まさか的にされるとは・・・」
八尾はバツが悪そうに、桶を拾い上げようとすると、竹の箍が外れて桶はバラバラになった。
「ハハハ・・ま、まぁ試射成功と言う事で・・」
二人のジトーっとした目で睨まれる八尾。
キョロキョロとしたあと、
「ごめんなさい」
と頭を下げた。
その後、八尾は囲炉裏端で板を削った。
削って、組んで、また削って・・・
小一時間で割れた桶の横板が出来上がった。
もう一枚の穴には棒を削って栓にした。
板を組んで、箍を嵌めて・・出来たっ。
土間の水がめから水を入れても零れない。完璧である。
「おーい、直ったよー」
と裏手に持っていくと、二人は体を洗い終わり、お湯を手桶で掛けている所だった。
きゃぁ と言うべるでの声とアンが投げた手桶が八尾にぶつかるのと同時であった。
「悪かったわよっ、いきなりで驚いたのよっ」
「先に一声かけて下さってタラ・・・」
二人は無表情で手桶を直す八尾のオデコに出来たたんこぶを、絞ったタオルで冷やしながら言った。
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