サンデー猟師、異世界にコピーされる
鳥野 葉霧(とりのはむ)
乱場の森でサバイバル
第1話 巻狩りにて
猪は斜面を派手に転がり落ちていった。
男は落ちていく猪を見ながら銃を下ろした・・・
「仕留めた・・・よな?」
と確認するように呟いた。
森は静寂を取り戻し、数秒前の発砲音が夢のようにも思える。
手慣れた手つきで、870のキャリアラッチを指で押し、装填口から弾倉に残った弾を抜いた。
そして、トリガガード前のアクションロックを押し、そっとスライドして薬室に装填された弾を手で受ける。
弾をポケットの弾刺しに入れると、排出され横に飛んだ空薬莢を探して拾い上げた。
それからリュックと猟銃を担ぐと斜面を降りて行った。
これから獲物の回収なのである。
植林された杉林は、人の手が入って居る所とはいえ、斜面は40度近い。
一度転がったら下まで落ちてしまうだろう。
木の根元を伝うように、慎重に、慎重に、降りて行く。
50mは降りただろうか?
獲物は未だ見えない。
ここまで落ちただろうか?
もっと・・・もっと上に引っかかっているんじゃないか?
いや、あの勢いなら未だ先か?
まさか、息を吹き返して、手負いで逃げた? いやいや、まさか・・・。
派手に転がった割には痕跡が余りない、じっくりと見るが自分が降りてきた跡が一番派手な跡だ。
考えながらゆっくりと、着実に斜面を下って行く。
植林を抜けると、ガレ場に出た。
この先か?
ガレ場からは枯れ沢となっており、崖の連続で先が見えない。
先には杉が生えていない事に気がつくと、近くに生えている杉の葉をひとつまみ毟り、ポケットにねじ込んだ。
足下はヒビ割れた岩だ。
スパイクシューズでも余り効かない。
まるで岩の上に砂が積もっているようである。
落ちたら死ぬ。
リュックからロープを出すと、二本の木に結び付けて慎重に降りた。
一段降りた所に窪みがあった。
そこには水は無いが、丁度滝壺のような状態である。
奴は・・・奴はそこに居た。
足をピンと伸ばした状態で横たわっている。
微動だにしない。
上から観察して、確実に死んでいることを確認する。
「急所・・・一発だな。」
猪は完全にこと切れていた。
腸をキズ付けないように腹腔に穴を開け、杉の葉を差し込んだ。
ガスが回らないようにする先人の知恵だ。
「2番タツ、仕留めました。 80キロ位の雌。」
無線で仲間に一報を入れる。 ・・・・が応答は無い。
谷に降りすぎて電波が届かないか?
もちろんスマホも電波が届いていない。
何度か呼びかけたが、応答は返ってこなかった。
あきらめて細引きを牙に結び、カラビナでロープに繋いだ。
動滑車の要領だ。これで斜面を引きずり上げる。
15m程のロープでは、一回で5m程引き上げるのが良いところだ。
段差に鼻先が引っかかるので、猪について持ち上げながらロープを引く必要がある。
右手にロープを持ち、左手で猪の鼻面にあるカラビナを持って引き上げる。
2年目の猟師の荷物は多い。
あれもこれもと余計な物までリュックに詰めるので重い。
それに、銃だって3キロ以上あるのだ。
5m持ち上げて、さらに5m登る。
そしてロープを固定したら5m降りてから持ち上げるのだ。
単純に考えても2倍の距離を移動することになる。
普段のデスクワーク、殆ど歩くこともない生活も祟って筋肉が攣る。
やっとガレ場を抜けたところで一息つく。
冬とは言え、これだけの奮闘で汗だくである。
無線はまだ届かない、壊れたか?
一度空身で上まで戻って連絡するか?
いや、どうせ連絡ついたところで
「おし、良くやった、じゃタツまで上げとけ」
と言われるに決まっている。
その為だけに往復するのもしんどい・・・
休憩中に冷えると動けなくなるので着替えるのがベストだが、まだ先は長い
いま着替えてもタツに戻ったときにまた汗だくになってるだろう。
「兎も角・・・登らねば。」
上着を脱いでコンビニ袋に入れリュックに結んだ。
Tシャツ一枚である。
そして更に5m、3m、また5mと刻みつつ上に登る。
そろそろタツか?・・・
そう思って辺りを見回す。
あれ?杉林じゃ無い?そんなに登ったか?
迷った?
って降りて登っただけじゃん?
いやいや・・・・低血糖で混乱してるのか?
酸素が足りない?
深呼吸してみる。
汗も酷いのでタオルをシャツに突っ込んで拭く。
乾いた風が心地よい。
スポーツドリンクは既に飲み干している。
タバコを取り出して一服・・・
さぁて・・・ここどこだ?
いつの間にか風景は雑木林感100%だ。
無線は何も応答を返さない。 スマホも何故か圏外だ。
時計は3時を差している。
冬の日暮れは早い・・・
もう一時間ちょっとで日が陰って来るはずだ。
考えろ・・・
考えろ・・・
どうする?・・・
よし、とりあえず車まで戻ろう。
先ずは身軽になるために猪はここに置いて行こう。
夜のうちに狸などに齧られないよう、手近な枝に猪を吊るして、朝来た方向に向かって足を運んだ。
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