傘と雨音

山西音桜

第1話

 朝は晴れていたのに、十五時を過ぎたころから雲が灰色になり始めた。ニュース番組の天気予報士さんは大はずれ。快晴が続くと思っていたのだろう。大学の食堂では、傘を持っていない子達から動揺の声が上がる。


「傘子さんはこういう時いいなぁーって思うよ」


 プラスチックカップのカフェオレを飲みながら、友人はそう言った。私も同様に紙コップに入った紅茶を飲む。


「あら、甲斐田かいだだって折り畳みは携帯しているでしょう?」

「持ってないときもあるんだよ。傘子さんは毎日持ってきてるから、こんな時困ることないでしょ?」

「そうね」


 私の趣味は、傘を集めること。

 集めるのはいいけれど、使わないのはもったいないので雨の日はもちろんのこと、晴れの日も雨傘を携帯している。日傘も持ってるといえば持っているけど色が白と黒が多くて、柄に違いなどが少ないから、あまり持ってないし、あまり持ち歩かない。


「でも、今日は例の彼、持ってないんじゃない」


 例の彼とは。

 知倉ともくら夢月むつき。私の想い人のことで、私が小学生のころからずっと好きな人。あだ名は「シルム君」。子供の頃から「大人っぽい」と褒められ、「子供らしくない」とけなされ続けて、祖母からは「神童だ」と囃し立てられた私を、唯一子ども扱いしてくれた人。

 私よりも五歳年上で、今は中小企業で経理の仕事をしている。一度は離れ離れになってしまったけど、この間偶然再会した。それから彼にとってはデートではないかもしれないけど、週に一度はデートをしている仲だ。

 彼にとって、私は子供で。私にとっても彼は子供なのかもしれない。

  

 というのも私は、前世の記憶を持つ人間だ。

 前世の私は、高校の現代文の教師だった。教え子の卒業を見届けることがかなわず死んでしまって、それが無念だったのか、彼女の記憶が私に受け継がれる形になった。大人の記憶を持った子供が、子ども扱いなんかされるわけないのに私は子供として扱ってほしかった。そんなことされるわけないとどこかで諦めていたいのに、私の記憶のことを知らなかったときも、知った後も、それをくれた。

 変わらず、与え続けてくれた。だから私は好きにならずにいられなった。


「そうかもしれないわね」

「迎えに行けば?」

「今日会議らしいのよ。終わるのがいつになるかわからないって」

「一応、会う約束はしてみたんだ」

「当然よ」


 隙あらば私は「大人になりました。女として扱ってください」というアピールを怠らない。私が暇で、シルム君の仕事が終わるのが早い日。私たちは食事に行く。それを私はデートと呼んでいる。 

 もちろん私は彼の仕事終わりを待っていてもいいのだけれど、彼は絶対にそれを許さない。「年頃の女の子が、こんなところで一人でいたら危ないだろ」と。

 私は彼のそんなところが好きだ。


「今日はいいんじゃない? 雨だし」

「彼は大人だから、タクシーを使うっていう手も使えるし、ビニール傘だって、会社の近くのコンビニで売っているから理由にならないと思うの」

「相合傘したかったっていうのは?」


 相合い傘か、と私は紅茶に映った自分を見る。

 シルム君はそういうの嫌いそうだ。会社の近くだから見られたら困るとか、そんな理由で。でも私はこうも思う。


「それは、いいかもしれないわね」


 私がしたいことをする分には、彼は何も言ってはこないから。


  

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