一念の魔法

 坑道の外。ルーカスが薪にするべく近隣の村より買ってきた丸太を前に、アーロンはショートソードを両手で握り、上段に構えていた。


「では立てるぞ! 重ねて言うが、空想するのは『鋭さ』だぞ!」


「どう考えても、無理だと思うんだけどな」


 これまでにアーロンが練習してきた発現魔法は、成功こそしなかったものの、原理は単純で、炎を発現させたいのならば、それに応じた火力の炎‥‥‥例えば、火力の弱い炎を発現させたいのならば、燭台に揺れる灯火を、火力の強い炎を発現させたいのならば、燃え盛る猛炎を空想すれば良いというものだった。これ以上にイメージしやすいこともないであろう。


 しかし今アーロンが発動させようとしている魔操術は、炎や氷のように形ある、イメージしやすいものではなく『鋭利さ』という概念そのものを空想しなければならないのだ。アーロンが出来ないと考えるのも無理からぬことである。


 具体的なものを空想しての魔法すら発動できないというのに、なぜそれの上位技術とも言えることが出来ると考えたのか。アーロンはルーカスに対し、全く理解に苦しむ心境であった。


「まあ、物は試しか‥‥‥」


 ひとまずは自分自身を納得させて、ルーカスに言われた通りに深く呼吸をし、体内にマナを取り込むアーロン。


 続いて、漠然と『鋭利さ』を空想し、剣を握る右手へと意識を集中させ、そのまま右手に集まった‥‥‥アーロンからすれば、集まったという実感は一切ないのだが、取り敢えずは右手へとマナが集まったと仮定し、それが己の手を伝い、剣へと流れ込み、その刀身を包み込む様子を空想し‥‥‥


「やあッ!」


 踏み込みの勢いと共に、頭上へと構えた剣をルーカスが立てた丸太へと振り下ろした。


「‥‥‥まぁ、そうだろうな」


 まるで、分かっていたとでも言いたげなルーカスの一言。


 アーロンの一刀は、およそ1・5メートル程度の丸太に対し、十五センチ程の切れ込みを入れる程度に留まった。


「まぁって‥‥‥これは成功?」


 若干の期待を込めて、ルーカスへと振り返るアーロンだったが、ルーカスは首を横に振ってみせた。


「とはいえ、純粋に剣の腕だけで、これだけ切り込めたのは中々なのではないか? 俺は剣術に関してはさっぱり分らんのだが、十分に誇れるものだとは思う」


 その言葉を聞いたアーロンは何とも複雑な気持ちであった。魔法が発動しなかったことを悔やむべきか、己の剣術の腕を誇るべきか。


「‥‥‥でも結局、その魔操術とやらも俺には無理だったんだな」


「愚か者め。まだ手はある」


 一見、落ち込むアーロンに対してのただの慰めとも取れる言葉であったが、しかし心なしか今までと比べて自信が込められているように感じられた。


「‥‥‥その他の手っていうのは?」


 半ば投げやりに聞くアーロン。しかしそれとは対照的に、ルーカスはこれこそが本命だとでも言うように説明を始めた。


「次に試行するのも先と同じ魔操術だ。おおよその手順も同じようにやってくれて構わん」


「ふーん?」


「だが、次はお前の、目的とやらに対する執着心を利用する」


「‥‥‥っへぇ?」


 期待せずして説明を聞いていたアーロンだったが、突然己の核心へと踏み込まれたような気がして素っ頓狂な声を上げた。


「先程『鋭さ』を空想した部分。そこでひたすらに、『目的を達するためならば、鋼さえも断ち切ってみせる』と、そう念じ、己が鋼を断つ様を空想するのだ」


「‥‥‥」


 アーロンの目的。それはアンにもう一度会う事。ただそれのみである。


「お前の目的とやらに対する覚悟が心の深層からのものであるならば、それで魔操術は成るはずなのだ」


 アーロンは無言にて、丸太へと刺さったままであるショートソードを引き抜き。そして、そのままに先程同様、上段にとった。


 胸に閉じ込めた、執念ともとれるほどの覚悟を。アンへの思いを解き放つ。


(俺は‥‥‥アンにもう一度会うために、兵士団長になる! そして、そこから手柄を立て、王城へ入城するまでにならないといけないんだ! アンに会うためなら、なんだってする! なんだって出来る! アンの為なら! アンに会うためなら、鋼鉄さえも断ち切ってみせる!! アンに会うためにそれが必要ならッ!!)



「おお‥‥‥!」


 ルーカスの感嘆の声。


 アーロンが目を開くと、己の足元に真っ二つとなった丸太がそれぞれ転がっているのが目に入った。


「できたっ!?」


「ああ、これは確かに魔操術に他ならん……成功だ!」


 ルーカスをおいて、他に使用者が二人といなかった、強大なる力。魔操術。


 アーロンの得た力であった。

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