アン・コレット

 結局アーロンはその後、父親とは一言も言葉を交わさずに時を過ごした。今は一旦作業を中断し、朝食を取りに家に戻ってきたところである。


「アーロン! おはよう!」


 アーロンが家に入るなり少女が声を掛けてきた。


 赤毛をおさげに髪を結んだその少女は、隣の家に住む、アーロンの幼馴染アン・コレットであった。


「おはよう、アン。今日は配達の日だっけ?」


 アンの家であるコレット家は酪農家を営んでおり、フレンザー家は週に二日ミルクを届けてもらっているのだ。


「そうよ。もしかして忘れちゃったの?」


「いや、そういう訳じゃないんだけどさ。最近ちょっと気を遣うことがあって……」


 アーロンが苦笑いをして答える。その言葉を聞いて、アンも何やら思い当たる節があるようで、青く丸い瞳で覗き込み、そのことについて小声でアーロンに聞いた。


「もしかしてアブナーさんのこと?」


 まさかアンが気付いているとは思っていなかったアーロンは、内心で多少驚きながらも肯定の言葉を返した。


「アンも気づいてたんだ。そうだよ、最近親父の機嫌が悪くてな」


 アンも気づいてたんだ。というアーロンの言葉が気に障ったのか、アンは少しむくれたように答えた。


「そりゃあ気づくよ。アーロンたちとは物心ついた時から近所付き合いしてるんだから」


「ごめんごめん、そう怒らないでよ」


「……分かった」


 謝罪の言葉を素直に聞いてくれてアーロンは胸を撫で下ろす。


(親父じゃないけど、アンも怒らせると結構引きずるタイプなんだよな。そうゆう所も可愛いんだけど)


「アブナーさん、なんで怒ってるの? 分かってるなら教えてよ。あたしも力になれるかもしれないし」


 のぼせたことを考えていたアーロンは一瞬にして青ざめた。理由は分かってはいるのだがアンには絶対に話さないはずであったのだ。


「……知らない」


「知ってるよ。ワグナーさんのことが分かるみたいに、アーロンのことだって分かるよ。話したくないことかもしれないけど話して? 私、アブナーさんとアーロンが仲悪そうにしてるのを見るの辛いよ」


 真剣なまなざしでそう話すアンを見て、アーロンはもう隠し通すことはできないと悟った。アンがアーロンのことを分かるように、アーロンもアンの事は分かる。アンは一度言い出したら滅多なことでは折れないのだと。


「分かった、話すよ……でもここでは少し話しにくいことなんだ」


 アーロンたちが小声で話している隣の部屋では、アーロンが話をすることになった元凶であるアブナーが朝食を取っている。アーロンが話しづらいと感じるのも無理からぬことである。


「じゃあ、お昼休みに私の家に来て! 私の部屋で聞くわ!」


 気分を落ち込ませるアーロンとは対照的に、アンの表情は喜色満面に溢れていた。アーロンが隠そうとしていたことを素直に自分に話す気になってくれたことが嬉しいのだろう。


「分かったよ。じゃ、あとで」


「うん!」


 その後アーロンはいそいそと朝食を取り、昼休みまで農作業をした。しかし一体アンにどう話すかを考えるのに夢中になり、ただでさえ機嫌の悪い父親に幾度となく叱られることになるのだった。

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