ランバート・アルダス
休憩時間が終わり、広場中央に整列させられている受験者たちは皆一様に落ち着かない様子であった。
その理由は次に行う第四試験は他の試験と違い失敗が許されないからであろう。
そんな雰囲気の中、ランバートは整列している受験者たちの前に歩み出た。ガヤガヤと騒がしかった王城広場がしんと静まり返る。
「それでは、これより第四試験の説明を始める!」
ランバートがそう声を張り上げると、受験者たちの間に緊張が走った。
「まず、諸君らの中からランダムに二人ずつ私が名前を呼ぶ。選ばれた二人には、こちらが用意した修練用の武器を使い模擬戦を行ってもらう!」
「修練用の武器は様々な種類、長さの物を用意している。諸君らは持参した武器と同種類、おおよそ同じ長さの物を使用するように!」
「模擬戦自体のルールは簡単だ。先に三ポイントを獲得した者が勝者となる。武器による斬撃、打撃を相手に当てた場合は一ポイントとなる。刺突の場合は二ポイント。シールドバッシュは二回当てることで一ポイント。肉体による格闘は五回当てて一ポイントとなる。」
「また、敗者は前三試験の結果に関わらず、この兵士団入団試験自体に失格となる」
ランバートはそこまで説明をすると、顔に影を寄せて今までよりも少し小さい声で続けた。
「……あまり声を大にして言うことではないが、故意ではなく相手に重症を負わせてしまった場合、特例につき罪には問われない。こう言っては何だが死力を尽くして戦うことをすすめるぞ」
それだけ言うと、ランバートは声を元に戻した。数瞬のざわめきがまきおこる。
「これで説明は以上だ。何か質問のある者が居るなら答えるぞ」
「はい」
質問のある者など居ないだろうと踏んでいたランバートであったが、その予想を裏切り一人の男が挙手をした。
「なんだ、言ってみろ……お?」
挙手をした男を見て、ランバートの心に多少の驚きが起こった。その男は、先ほどランバートがなんとかして失格に出来ないものかと思案していた男であったからである。
だが男の問は、ランバートを……いや、その場に居る受験者全員を驚愕させるものであった。
「この第四試験で、兵士団の団長殿に挑むことは可能でしょうか」
広場にどよめきが起こった。
当然、ランバート自身の驚きはそれらの比ではなかった。
「お、お前は何を言ってやがるんだ……」
そのような、しどろもどろなランバートの言葉に対し、男は極めて平静な様子で答えた。
「そのままの意味です。私はその方を目にしたことが無いのですが、現団長の方はこの第四試験で前団長に決闘を挑み、破ったことによって入団直後から団長の座に就いたと聞きました」
ランバートが息をのむ。男の話に、いつかの己の仕業が含まれていたからである。
「それが事実であるのならば、我々にも団長に決闘を申し込む権利が与えられてしかるべきではないかと思い質問をさせていただきました」
この場において、この上なく過激な発言をしておきながらも男は極めて丁寧に、しかし淡々とそう告げた。ランバートはその言葉を聞いてから数秒逡巡したのに答える。
「分かった、許可しよう。第四試験の一戦目はお前だ」
どこか納得のいかないような表情でそう答えたランバートであったが、その内心はその対極であった。
(へ、もともと武器の長さやら、鎧を装備してないやら難癖をつけて俺との決闘に持ち込むつもりだったんだ。向こうから状況をセッティングしてくるたぁ丁度いいぜ……!)
内心でほくそ笑んでいるランバートに、いつの間にか受験者の列より抜け出て来ていた男は、変わらず静かに礼を言って話をつづけた。
「不躾な申し出を認めていただき、ありがとうございます。それでは、失礼ですが団長殿はどちらに居られましょうか」
「俺だ」
「……なに?」
ランバートは始めて、男の表情が動いたのを垣間見た。しかし、それには構わず声高々に名乗りを上げた。
「この俺が! イーニアス王国兵士団団長、ランバート・アルダスだ!」
ランバートが芝居がかった口調で名乗りを上げると、これまでのやり取りによって緊張していた空気の流れが一変した。
熱狂である。
この広場に集まった入団試験の受験者、そのほとんどの者が口々にランバートの名を叫んでいる。感激のあまりに乱舞する者まで居る。
「では、あなたが前団長を?」
そう問いかける男に、ランバートは獰猛な笑みを浮かべて答えた。
「そうだ、俺は八年前の入団試験の時に、この第四試験で前団長に決闘を挑み、そして勝利した」
ランバートはこの熱狂と、それを生み出しているのが自分だという事に酔いしれていた。
八年前、兵士団入団試験を受けに来たランバート・アルダスという名の外来人が、兵士団長を決闘にて斃し、その団長に変わって新しく団長に就任したというニュースが紙面にて報じられた。
そして、外来人が団長、入団と同時に団長へ就任、そのような場でもないにも拘らず前団長に決闘を挑んだ、などの理由から国民より反発があるだろうと考えた国家は、その紙面にランバートの生い立ちについても記すことにした。
その内容は、ランバートは遥か西方の国の英雄である。イーニアス王国の近隣で活動していた盗賊団を一人で壊滅させた。など、どれも虚構と誇張が織り交ざる胡散臭いものであった。
しかし、イーニアス王国のニュース紙面は、まず原版を王室直属の書記が書き、それを国営の写本局にて写本し、国民たちへと届けられるという仕組みとなっている。
そのため、なにも国民全員が信じたという訳ではないが、大半の国民は「国の発行しているニュース紙面」という理由で、その胡散臭いランバートの生い立ちを信じ込むこととなった。
その結果、前団長との決闘に勝利し、入団と同時に兵士団の団長となった西方の英雄ランバート・アルダスという英雄像が国民たちへと広まることとなったのである。
ランバートは兵士団入団試験を開始する際に軽く挨拶をしたのだが、そのときはただ今回の試験の監督官であると名乗ったのみであった。
この熱狂は、英雄に出会えたという高揚感と、今まで眼にしていた人物が実は有名な人物であったという驚きで発生したものだろう。
「皆の衆、俺のためにこれほどに熱狂してくれるのはうれしく思う。だが、俺はこれよりこの者と決闘を行うのだ。静まってもらいたい!」
ランバートがそう言って大仰に声を張り上げると、祭事の如き喧騒であった熱狂が波のように引いた。
「それじゃあ、広場の中央へ移動するぞ」
「は、分かりました」
そうして二人の男は決闘を行うべく、広場中央へと移動するのであった。
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