七章 偽英鬼

軍事会議

 イーニアス城の会議室。一月前と同じく王族と王室書記、騎士隊長が集まりベルンフリート帝国についての会議を行っていた。


「して、状況は?」


「は、現在我が国とベルンフリート領との緩衝地帯に約七百人のベルンフリート兵が集められている模様です」


「七百‥‥‥か」


アレクシスから報告を受ける国王、アーチボルドの表情は重い。


 一月前、大規模火災事件が起こって以降イーニアス王国の状況は悪くなるばかりであった。


 火災事件の時点で少なくない人命、資源が失われたというのに、先日その事件の犯人確認のためにベルンフリート帝国へと向かわせた使者四人の内、三人がベルンフリート兵に虐殺。唯一生き残り、帰還した兵士団長アーロン・フレンザーも左肩に大怪我を負い、現在医師の元で療養している。


 極め付けには、数日前からイーニアス領とベルンフリート領の緩衝地帯に‥‥‥正確には、イーニアス領の関所前にベルンフリート兵が集結しているというのだ。言うまでも無く侵攻の準備である。


 どちらが先に手を出したかはともかくとして、ベルンフリート側はイーニアス王国の使者を殺し、イーニアス側は反撃としてベルンフリート兵を殺したのだ。戦が起こっても不自然ではない情勢ではあった。


 ともあれ、ベルンフリート帝国が兵を集め、侵攻してくる恐れがある以上、騎士隊か兵士団の兵を関所へと増援に向かわせるべきである。


 向かわせるべきであるのだが‥‥‥。


「‥‥‥国民の様子はどうなっている?」


「未だ、城門前にて集まり、戦争反対を訴えております」


 関所前に集結するベルンフリート兵の数が七百人を超えた今になっても、依然として関所に詰めるイーニアス兵の人数は七十人余りであった。


 ベルンフリートが侵攻を開始すれば、抵抗などする術も無く、その数の前に押し潰されることだろう。もはや大国友好不可侵条約などと言っている場合ではない。


 しかし、なぜアーチボルドは関所へと兵を向かわせないのか。

 

 その原因は国民の反対運動にあった。


 実際にはベルンフリート兵の集結を聞いてからのアーチボルドの行動は早く。報告を受けてすぐに、増援部隊七千人余りを組織させ、彼らを関所へと向かわせる用意を終わらせていたのであった。


 その時に集結していたベルンフリート兵は二百人程度であったため、その後の増員を視野に入れた悪くない采配である。


 しかし、そのことを紙面にて国民へと報じると状況は一転。一部の国民たちが戦争をするつもりなのかと騒ぎ立て、城門前や国内各地の兵舎へと押し寄せたのだ。


 彼らの主張は大規模火災事件や送った使者の殺害など、ベルンフリートにはやられるばかりの我が国が、彼らと戦争をしても勝てるはずが無い。関所に増援を送るのは彼らを刺激してしまうのだからやめろ。なんとか彼らとの話し合いの機会を設けて平和的に解決するべき、そもそも大国友好不可侵条約があるのだから、我が国が攻められることは無いというものである。


 当然、それらは虚言と不可能が入り混じった実体のない主張であるし、代替案を提示しないなど、本来なら無視すべき者たちであるはずだ。


 しかしアーチボルドは初めてのデモ活動を前に尻込みしてしまい、あとは向かわせるのみであった増援部隊を待機させることとしたのであった。


 この状況において、増援を送らないというのは考えられぬ愚策である。


 そして、彼らの支離滅裂な主張も声高に言い続ければ一定の賛同は得られるもので、始めは数百人程度でのデモであったのだが、今では数千人単位の国民が王城や兵舎へと押し掛けているのであった。


 ここまでになっては、増援部隊の出発を強行することも出来ない。


「不覚であった。早いうちに増援部隊を動かしておくべきであったのだ‥‥‥」


実の所、現在結集しているベルンフリート兵の七百人という規模は両国の国力を考えれば全く大したものではないのだ。


実際に本格的な戦争が始まった時には、それぞれ何万人という規模の兵が動員される事を考えれば、現在のやり取りがどれだけ小規模なものであるか明白であろう。


「それは詮無い事ですよ父上。軍師としてはともかく、国王としては実に尊敬できる選択であると思います」

 

 後悔を滲ませるアーチボルドに、その息子である王子オーウェンは静かな口調にて慰める。


「済まないな。しかし、どうしたものか‥‥‥」


「どうやら、民衆を扇動している者がいるようです」


 報告を続けるように先程と変わらぬ語調で言うアレクシスに、合点がいったという様子のオーウェン。


「なるほどな。あの陳腐な主張は一部の人間が言っているだけで、民衆はそれに乗じているだけということか」

 

「は、まさに。先の火災事件、使者の虐殺とベルンフリート帝国の軍事展開によって、国民の心は麻のごとく乱れています。それにつけこむように、扇動者は今回の増援部隊の件について、国王は大隊を率いてベルンフリートに戦争を仕掛けるつもりなのだ‥‥‥などと吹聴して無知なる国民をこのデモへと巻き込んでいるのです」


「なんと卑劣な‥‥‥。許せん‥‥‥断じて許せんぞ‥‥‥!」


 アレクシスから扇動者の行動を聞き、怒りを露わにするオーウェン。正義感の強い彼にしてみれば、国民を誑かし、国へと仇なす扇動者のことが許し難いのだろう。


「父上! 今回の扇動者の件‥‥‥ひいては押し寄せる国民たちの件について、私に任せてはいただけませんか!」


 父の眼を真っすぐに見て言うオーウェン。対してアーチボルドは眉を顰めて聞き返す。


「いくらお前の頼みでも、今回ばかりは軽々しくは任せられんのだ。それとも何か策があるのか?」


「ええ、策はあります! アレクシス、アーロン・フレンザーはもう動けるのだな?」


 唐突なアーロンに関する質問に、しかしアレクシスは動じずに答える。


「は、ただ、医師の話ではもう左手で剣を振るうことは出来ないそうです。日常生活程度でしたら問題は無いと」


「いや、構わない。むしろ傷を負っていた方が有効に作用するかもしれないな」


 思わせぶりに言うオーウェンに、その場の誰もが彼の企図することが分からずに困惑するのであった。

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