六章 崩国鬼

出立

 「‥‥‥これはなんだ?」


 ベルンフリート帝国への出立の折、馬車に乗り込んだアーロンがグレンより手渡されたのは、鉱山で投擲してそのまま紛失してしまったツーハンデッドソードであった。


「ツーハンデッドソードです!」


「見れば分かる」


 寸分の間も空けぬ突っ込みであった。


「何故、お前がこれを持っているのかを聞いている」


「いえ、ですから団長に差し上げますって!」


「‥‥‥」


 満面の笑みを浮かべながら言うグレンに、追及する気が失せるアーロンであったが、しかし彼女がアーロンとルーカスの話を聞いていた可能性を考えて、改めて問いかけることにした。


「‥‥‥これはありがたく受け取っておくが、しかし何故お前がこれを持っていたのかを聞かせろ。これは、俺が大規模火災事件の主犯と戦った際に紛失した筈の物だ」


「ああ!」


 グレンは合点がいったように、ポンと手を叩いた。


「これは団長が使ってた剣とは別の物ですよ。私が東地区の工房で作ってもらった物なんです」


「わざわざ何故作った。お前に扱える代物ではないだろう」


 グレンの得意とする武器はショートソードと弓である。そんな彼女が工房に頼んでツーハンデッドソードを手に入れた理由は一体何か。


 正直、アーロン個人としては興味のないことなのだが、しかし以前クリフと戦った時に、彼は恐らくグレンと同じく工房に注文したと思われるグレートソードを使っていた。流石にグレンがアーロンの魔操術や計画に気付いているとは考え難いが、それでも不安分子は取り除いておくべきことである。


「いや‥‥‥それは‥‥‥」


「俺に言えんことなのか」


 威圧を込めて問い詰めるアーロンに、狭い馬車内の空気が凍り付いた。


 アーロンとグレン以外で使者役に選ばれた二人の兵士が、それに気づき僅かながら距離を取る。


「わっ! 言います! 言います!」


 わたわたと手を振るグレンの姿は、何とも冗談めいて見えた。


「あの、団長みたいになりたくて‥‥‥作ってもらいました‥‥‥」


「‥‥‥なに?」


 それは実に彼らしくない、どこか間の抜けた声であった。


「何か‥‥‥籌略ちゅうりゃくの為では無いのか?」


 しかし、すぐにその口調は師を模した冷たいものへと変わった。


 聞かれたグレンは赤くしていた顔を一転、青くして否定を返した。


「まさか! 私にそんなつもりは全然ありませんよ!」


「……そうか。疑って済まなかった。クリフとラザレスの件で俺も少し疑い深くなってしまったのかもしれんな。この剣はありがたく使わせてもらう」


「いえ、無理もありませんよ。私は気にしていないので大丈夫です!」


 その言葉を最後に、二人の間には沈黙が流れ始めた。


「いやぁ、団長の殺気。凄かったなぁ」


 黙るアーロンとグレンに聞こえないように、使者役として付いてきた兵士の一人が、もう一人の相方へぼそぼそと話しかけた。


「ああ『俺に言えんことなのか』ってやつか」


「へっへっ! 全然似てねぇわ!」


「似せてねぇ! まぁ……しかしあれは、ランバートさんとはまた別の怖さだよな。俺たちより若けぇのによ」


「そういやぁな。アレで22歳らしいぜ」


「えっ? アレでか? 老け込んでるなぁ。顔だけ見ると三十ぐらいに見えるわ」


「分かる分かる! まあ、でもそれだけの心労があんだろうなぁ」


「そうだなぁ。そこらの人間とは眼が違げぇもん。まるで人間じゃないみたいだよなぁ」


「それに比べて副団長はアレだぜ?」


「普段はしっかりしてんだから言ってやるなって! へへっ!」


「でも団長前にすると、えらく空回りすんだよなぁ!」


「そうそう! どもったり、顔赤くしたりしてな‥‥‥あ……」


 会話に夢中で、いつからか声を潜めずに話していた兵士たち二人の前に、影が掛かる。


「貴方たち、人のことをバカにするのは楽しいですか‥‥‥?」


 今まさに二人が話していた、グレンの影であった。そもそも元から正面に座っていたのだが。


「すいませんすいません」


「答えなさい!!」


「正直、生きがいです」


 直後、馬車内に男二人の悲鳴が響くのであった。

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