現代吸血鬼の大いなる悩み

楠木黒猫きな粉

ダメダメ吸血鬼の命日は近い

清々しいほどの青空が私を見下ろしていた。ジリジリと火傷したように傷む肌が私の敵の存在を教えてくれる。真夏の日光に照らされ、よろけながら歩く姿は人目からはゾンビのように見えるだろう。すれ違った人たちの目が怖い。真っ直ぐな道でフラフラと歩く。

今だけは半袖の制服を恨もう。そして自分の種族も恨もう。

赤い目を隠すために伸ばした前髪が鬱陶しい。肌を舐めるような湿気が気持ち悪い。

人が居ないからと河川敷を通ったのが間違いだった。木陰もなければ休憩する場所もない。

ため息が漏れる。そういえば近所の田中さんがため息は幸せを逃すと言っていた。世界はこれ以上私から何を奪うつもりなのだろうか。というか今まさに命すら奪われかけているのだが。

腕時計を見ると分針が六を指していた。ちなみに確認はこれで六回目になる。家を出た時にも六を指していた。前回は十二。つまり私は登校に二時間近くかかっているということになる。家のクーラーが恋しくなるわけだ。誰だ電車は嫌いとか言って徒歩登校を試みた奴は、出てこいぶち殺してやる。

やはり人間社会は怖いところだ。なぜ太陽光を集める黒色を地面に敷くんだ。日光で死ぬ種族もいるんだぞ。

華の女子高生がぜぇはぁと呼吸をし、ふらふらと歩く。犯罪の匂いがしそうな光景ではある。四十歩程歩いたら汗がダラダラと垂れてくる。しばらくして脳が生命の危機を伝えてくる。垂れてきた汗が冷や汗だと理解するのに時間は必要なかった。食事をしなければ死ぬ。命の危機が迫った私は慣れたように鞄に手を突っ込み血の入ったパックを取り出す。

そしてストローを刺しズーズーと音を立てながら吸う。パックには吸血鬼用と書かれたラベル。

つまるところ私こと茅ヶ崎桜芽ちがさきおうかは吸血鬼なのである。吸血鬼と言っても絵本やら小説やらで描かれるモノとは少し違う。十字架では死なないしニンニクは普通に食べられる。泳ぐのは好きだし銀色はカッコよくて好きだ。けれど私たちにも人間と一線を引くために与えられた弱点があった。それが日光。浴び続ければ本当に死んでしまう。身体的な差は目が赤く耳が少し尖っている程度だ。

けれどもこうやって血を摂取しなければ生きることもできない辺り根本の部分から人間にはなりきれないらしい。生まれ持って人より身体も弱く外で遊ぶこともできない。それが現代の吸血鬼だ。だからこそ私たちの一族は人と共に暮らそうとする。ハンデを抱えて生まれても普通に生きられるという証明のために。

というのが子供の頃に教えられた人と共に生きる理由だが高校生にもなれば真の目的がハッキリと分かった。日光を克服するためだ。間違いない。それ以外に昼間に活動するメリットなんて存在しないのだ。百年以上前から何をやっているんだ私の先祖たちは。

貴方達の野望が可愛い可愛い子孫の命を蝕んでいるんですよ。

先祖への恨みは口から出ることはなく、空になった血液パックに八つ当たりしてやった。ポイ捨てもしてやろうかと思ったが環境破壊は暑さに直結するのでやめておく。地球は大事に扱おう。

はぁとまたため息が漏れる。家に帰ってしまおうかとも思ったが随分と離れてしまった。ここまできたなら学校に向かうしかない。

河川敷から歩道に入った私は駅の入り口からぞろぞろと出てくるサラリーマンに目が奪われた。

「やっぱり電車に乗らなくてよかった…」

あんな量の人が乗る乗り物があるだろうか。いや絶対にあってはいけない。乗車率がおかしい。テレビで見た映像は合成じゃないんだなと実感する。危うく非力な吸血鬼の命が奪われるところだった。

ちなみに吸血鬼は面白いほどに力がない。ついでに体力もない。私の全力疾走は友達のジョギングの準備運動レベルの速度だ。十秒くらいで引き離されてしまった。


私が自分の体力のなさを見せつけられてから四十分程が経ちやっと学校にたどり着いた。瀕死状態の私はなんとか階段を三階分登り教室にたどり着く。十一時半を指した時計を眺め教師の怒りを確信する。

面倒くさい。これ以上心労がかかってしまったら死んでしまう。だが入らなければ家で怒られてしまう。もはや逃げ場はなかった。

意を決して引き戸に手をかける。なぜか後ろの戸は常にガタついていて少し重たい。

いや、私が本能的にこの状況から逃げようとして重く感じているわけではない。本当だ。

胃が痛くなってきた。登校の時点で死に体だったのだ仕方ない。許してほしい。

決した意も今では残りカスでしかなかった。しかし入らなければ何も始まらないし、なにより教室のクーラーが恋しい。

ガタガッタと酷い音を立てて戸を開ける。

開けた瞬間に溢れ出た冷気と一斉に振り向いた視線に背筋が凍る。

あ、吐きそう。

ここで吐いたら本当に目立ってしまう。

そんなことになったら私は死んでしまう。主にストレスで。

何か言わなければ。遅刻の詳細を説明しなくては。

そう思った矢先に教師がまたかと言った目で見てくる。

「す、すみません。日にやられました…」

教師のため息が聞こえる。幻聴だろうか。

黒板を見るに授業は国語だ。よかった小テストがある数学じゃなくて。

痛いほどの視線に刺されたまま私は日に当たる自分の席に座る。

「やっぱりくじ運ないな私」

日に当てられていた机と椅子は馬鹿みたいに熱く軽く死にそうになる。

ヨロヨロとカーテンに手を伸ばし日を遮断する。これで私の命は守られた。

教材と筆箱を机から引っ張り出し並べる。ノートを開ければ一面真っ白だった。一学期終盤ではあるもののノートは新品そのもの。しかしそんなことは気にはしない。

疲れ果てた体は睡眠を欲していた。

友人の呆れた視線を感じながら私は誰の話も聞かず突っ伏した。

さようなら授業。グッバイ疲労。遮られた日光の暖かさを身に受け私は眠りにつく。

「ここテストに出しまーす」

その一言で目を覚まそうとするが遅かった。もう知らない。寝てやる。

私の命日はきっとすぐそこだろう。





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