家庭教師


          *


 翌朝。アシュは、目を瞑ったまま寝転んでいた。昨日は、母のジーナがハッキリと断ってくれて、すごく嬉しかった。


 だが、起きて母の顔を見るのは、少し気恥ずかしくて、照れくさくて……なんとなく起きられずにいる。


 そんな中。


 いつものように母のジーナが起こしに来る。いつも通りの時刻に、いつもと同じようなテンションで。


「いつまで寝てるのよ? 早く起きなさい」

「ううん……僕は、あの飲んだくれの父さんとは違って、遅くまで本を読んでたから、もうちょっとだけ寝てもいいんだ」


 反射的に寝たふりをしながら、ごねるアシュ。


「相変わらず、ごちゃごちゃと。そんなんだから、お友達に嫌われるのよ?」

「き、嫌われてない。百歩譲って、そうだとしても、僕もあいつらを嫌ってるからお互い様だ」


 それに、あんな奴らは友達じゃない。


「はいはい、さっさと起きて」


 ジーナは半ば強引に毛布を剥ぎ取り、アシュを抱っこして立たせる。不意に母と目が合うと、いつも通りの笑顔を浮かべている。なんとなく、拍子抜けをしたアシュは、「ちぇ」と舌打ちをする。


「はい、立てました。子どもはお外で遊んでくる」

「……僕は本を読んでたいのに」


 そう言いながらも、アシュは手早くご飯を済ませて、本を持って扉を開けた。


「おはよ」

「……」


 パタン。


 アシュはソッと扉を閉じる。


「はわっ……あわわわわわっ!」


 昨日のヤバい魔法使いだ。あきらめて帰って行ったと思ってたのに、なぜか目の前で、満面な笑みを浮かべていた。


「……」


 恐る恐る、鍵穴から覗くと、明らかに家の外で待っている。


 ドンドンドン。


「う、うわあああああああああああ! 母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん母さん!」


 アシュは、そのノック音にビビりまくり、ラミアの影に隠れる。


「あら、お客さん?」

「違うよ! 昨日の人攫いだよ!?」

「ああ……ヘーゼン=ハイムさんて言ったわよね」


 ラミアは水で濡れた手を拭い、扉を開ける。


「どうも。アシュ君はいますか?」

「ええ。すいませんね、よろしくお願いします」


 ヘーゼンに対して深々と頭を下げるラミアに、ガビーンとした表情を浮かべる。


「ど、どう言うこと!?」

「親切な方よね、平民の魔力持ちは家庭教師が少ないからって。わざわざ、来て魔法を教えてくださるそうよ?」


 !?


「い、嫌だよこんなヤツに!」

「勉強が嫌いなのは感心しないな」

「き、嫌いなのはあんただ」


 <<光よ 愚者を 緊縛せよ>>ーー天蓋の光レイ・キース


 アシュはそう叫ぶが、いつのまにか魔法を唱えて、光の縄で捕縛された。


「じゃ、借りてきます。昼食はこちらで食べさせますので」

「お夕飯までには帰ってきてねー」

「……っ」


 為す術もなく引きずられて行く様子を、満面の笑みで見送るラミア。


 ってか、この光景見えている!? とガビーンするアシュ。


「離せ! 離せ離せ離せ離せーーーっ!?」

「君はバカか? 捕まった力なき者は、ただなす術もなく強者の言うなりだ。悔しければ、自力で解いてみなさい」

「ま、魔法も使えないのにどうやってやるんだよ!?」

「そんなものは自分で考えなさい」

「……っ」


 なんというイカれた性格。こんな最悪な人間を、これまで見たことがない。そして、なんとか、するには自力でなんとかするしかない。


「……」


 アシュは目を瞑って、光の縄の魔力を感じる。天蓋の光レイ・キースは、聖属性の高等魔法だ。解除するには、それなりの魔力を込めないと難しい。


 だが、両手はすでに縛られていて光の縄に届かない。


 とすれば、どうするか……


 アシュは、魔力の位置をずらし始める。手から魔法は放たれる。だが、手以外に魔力が通っていないと言われればそうではない。体感だが、魔力の移動は全身で行われると想定しているからだ。


 とすれば……


 光の縄の位置に自身の魔力を合わせる。ちょうど二の腕の部分だ。そうして、闇属性の魔力の出力を瞬時に上げた。


 すると。


 光の縄が一瞬にして霧散した。


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