幻術(2)
なぜかリリーのみ、魔法が使えなくなってしまった。実に人生の9割以上を魔法に捧げた彼女にとっては、唯一無二のアイデンティティを失ったと同義だ。額にびっしりと汗をかき、今にも倒れそうなほど青ざめている。
「リリー! 切り替えて」
「う、うん」
シスに言われて、反射的に強がった。自分の親友は、最近まで魔法の使えない不能者だった。現在、高位以上の治癒魔法が使える場合があるが、基本的には今も魔法を使えない。
それなのに、少しの間、魔法が使えなくなったくらいでそんな弱音。それは、シスにとって凄く失礼な気がした。リリーはなけなしの気力を振り絞って、なんとか元気を出そうとする。
でも。
身体がどうしてもついてこない。どんなに言い聞かせても、自分が魔法を使えないと言うことが、これだけ自分を頼りなくさせるとは思わなかった。金髪美少女は自信なさげにうつむき、何度も自問自答を繰り返す。
「……」
そんな親友の表情を見て。シスは自分が支えようと、ギュッとその手を握る。リリーはその気性故に、決してムードメーカーではない。しかし、いつだって状況を打開しうる能力を持っていた。それ故に、誰もが彼女を頼っていた。
いつだって先頭に。
それがいかに難しいことが誰もがわかっている。だから、誰も責めなかった。どうにかして彼女の代わりをしようと、生徒全員が頭を悩ませる。
「とにかく、この状況をどうするか考えよう。ナルシー、なにかわからない?」
ダンなんとか状況を打開しようと尋ねる。
「……わからない。ミランダは? 幻術詳しいでしょう?」
「うーん。ごめんなさい。こんな規模の幻術は私には想像がつかない。なにが起きてるのかも、まったく」
なんせ、見えている世界がまるごと変わってしまったのだ。先ほどからある程度時間も経過しているが、状況が一向に横転する兆しはない。敵であるレースリィも、ここにはいない。
今までは敵を倒せばそれでよかった。だが、今はなにをどうすればいいのかすらもわからない。どうすればこの幻術が解けるのか、まったく想像できないのだ。
「アシュ先生だったら……どうするかな?」
心細げに、ジスパがつぶやく。
「「「「……」」」」
全員の脳裏にあの魔法使いの姿がかすめる。不思議とアシュがこの場にいるだけで、生徒たちは生き残れるような気がしていた。知らず知らずのうちに、後方にいることで、安心感と気概心が湧いていた気がする。
いつも、なんだかんだ言って――
『ん? 君たちは僕がいなければなんにもできないのかな? なーんにも』『呆れたね。こんな他愛のないことすらも解決できないとは。無能とは君のようなことを言うのかな?』『教えてくれ? そうやって自分でなんとかしようとしないから、君たちは成長しないのだよ』
「「「「……」」」」
激しく気のせいだったと、生徒たちは思った。
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