戦闘
アシュに戦闘命令を課されたミラは、今日ほど我が身を呪ったことはなかった。まったくもって、意味不明。なにが気に障ったのかがよくわからないが、急に戦闘スイッチが入ったキチガイ魔法使い。
ミラは命令に逆らうことはできない。彼女が、どれだけリリーとシスに救われていたとしても。どれだけ彼女たちを大切にしていたとしても。
殺せと言われれば、殺すしかない。
まさか、テスラにすら使わなかった中位悪魔を生徒に使うとは思わなかった。
しかも、リリーは今もなお瀕死のテスラを治癒魔法で治療していて手が離せない状態だ。
「アリスト教守護騎士たち! あのバカ教師とミラさんと……仮面の魔法使いを止めなさい!」
「な、なにを……敵である我々がなぜお前の命令をーー」
「あー、もう! じゃあ、あんたらが変わりにテスラ先生の治癒魔法かけられるの? あんた、変わる?」
リリーはキッと、彼らを睨みつける。その深緑色の瞳は涙に濡れていたが、蘭々と強く激しい光を放っていた。
「い、いや……」
「ふざけんじゃないわよ! あんたら全員最低よ! 敵? 味方? 見てわかんないの? 感じてわからないの? あなたたち大人でしょ? 大の大人が命令だけに従って。あなたが心で思った行動すら取れないの? あなたが学んできたアリスト教って、そんなくだらないものなの?」
「……」
「大人だったら……嫌な命令ぐらい断りなさいよ! 自分のやったことに責任持って、いい加減人のせいにするのはやめなさいよ!」
その声はサン・リザベス大聖堂中に響いた。
そんな中、シスはリリーとテスラから離れて、ミラの前へと対峙した。アリスト教守護騎士たちの前に立ち、背後はまるで無防備に。若いアリスト教守護騎士の1人がその背中を茫然と眺めながら息を呑む。
「貴様……正気か?」
「……斬るなら斬りなさい。私はテスラ先生を守ります。ううん……初めからこうしておけばよかった」
シスはミラに向かって笑いかける。彼女の蒼色に輝く瞳は、もう他になにも考えていなかった。
そんな彼女を眺めながら、アリスト教守護騎士たちは彼女とともに戦闘の構えをとる。
「ククク……君たち。さっきとは打って変わったように生き生きとしているじゃないか?」
「うるさい! 覚悟しなさいよ……」
「覚悟? するのは、君の方だろう? これで、ゲームオーバーだよ」
そう笑い、アシュは唱える。
<<漆黒の方陣よ 魔界より 闇の使者を 舞い降ろさん>>
瞬間、地面から突如として魔法陣が出現。
黒き堕天の翼を持った巨大な悪魔が召喚された。
戦悪魔リプラリュラン。かつて史上最高と謳われたへ―ゼン=ハイムのみが召喚できる戦天使だったが、アシュによって堕落させられた中位悪魔である。
「リプラリュラン……しょ、正気ですか?」
「君こそ。まさか、僕が君のご高説を何もせず、長々と聞いている必要がどこにある? これで、僕の優位は盤石になった……更に」
アシュは戦悪魔に暗黒を凝縮させる。『地を這う者の反旗』。かつて、数千人の魔法使いを一瞬にして消滅させた闇魔法版である。
「……言葉を間違えました。あなたが正気なことなんて1秒足りたともありませんでしたもんね」
「大陸一の紳士である僕に向かって失礼極まりないね。それに、世の中、正気かどうかなんて大したことじゃない。重要なのは自分の思い通りになるほどの信念と力を持っているかどうかだよ」
「力はともかく信念はチグハグに見えますけどね!?」
言葉の応酬を交わしながら、リリーの脳味噌はフル回転していた。聖闇の魔法壁を彼女はまだ使えない。それに、使えたとしても広範囲に張り巡らすのは実質不可能に近い。他はともかく、シスを守ることはできないだろう。
とすれば、アシュに聖闇魔法をぶっ放して起死回生を狙いたいが、テスラの傷が急所を捉えている。このまま、治癒の手を離せば、確実に死んでしまう。
リリーは大きく息を吐いて、ランスロットを睨みつける。
「ちょっと……あんた! あんたのせいなんだから手を貸しなさいよ。このまま消滅させられるのは本意じゃないでしょ」
「……しかし」
「あなたはテスラ先生に育てられたんでしょ? その恩はないわけ? 犬だってご飯くれたら、その恩は忘れないものよ。あんたは犬以下ね!」
「……っ」
なんて、汚くて荒々しい言葉だ。
しかし、それは信念を壊された残り香のようなランスロットを動かすには十分だったようで、彼は黙って従った。
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