望んだ結末
放心状態で崩れ落ちるランスロットを、アシュは満足そうに眺める。文字通り、なにもせずに勝利した。自らの手を指一本動かすことなく。魔法の一つも唱えることもなく。
「……よく、そんな不敵な笑みを浮かべられますね」
テスラはつぶやく。すでに、力天使カサレオンが集中し、自らの魔力を体内に溜めている。『天蓋の聖剣』と呼ばれる超攻撃はその巨体の持つ
「この勝負は、負けるが勝ちなのだよ」
「……」
この時、テスラも2人と同じ思考に至っていた。
しかし、あり得るか? この闇魔法使いが自身を犠牲にして、生徒を守るなどと。
しかし、すでに聖魔法陣は幾重にも重なり、実質的な魔法攻撃は無効だ。側にいる従者のセナも、リリーもシスもこの魔法陣の中に守っている。
一方で、アシュは一歩も動く様子はない。ミラもロイドもアリスト教守護騎士たちと対峙して下手な動きは取れない。
事実が重ねられ、疑念が払拭されていく。
テスラはアシュが同じ気持ちであると理解した。あとは、彼女が勝者、彼が敗者を演じるだけ。彼が消滅させられた後、当然アリスト教の信者たちはアシュを封印しよう動くだろう。
しかし、アシュの生徒であるリリーとシスがいる。優秀な彼女たちならば、必ず今回の真実に辿り着くはず。
彼が敢えて消滅させられることで、彼女たちを守ろうとしたことを。その事実を知ったとき、彼女たちは必ずアシュを解放しようとする。
ここまでが2人で共有している思考だった。
そして、ここからは、アシュのみの思考だが、彼は確固たるイメージを持っていた。テスラと初めて会い、ランスロットと敵対する可能性を考えたときから、彼は常にこの構想を抱いていた。
犠牲になることで始まる、圧倒的なイチャイチャパラダイスを。
『アシュ先生……生徒たちのためにそこまで……好き――by テスラ』『アシュ先生、見直しました。最強の魔法使いなのに、あえて私たちのやっぱり先生って、これから私がずっと看病します……先生、寒かったらいつでも添い寝してあげますから――by シス』
『ふ、ふ、不本意です! 絶対的に不本意なんですけど、せ、先生は私たちのために手取り足取り看病してあげます! しょ、しょうがないからやってあげるんであって、ぜ、絶対にやりたいから、やるんじゃ……ないんだからねっ――by リリー』
爆発する妄想ラブストライク。止まらない未来予想図。もはや、彼の頭の中には、今後、数年間にわたるデートの計画が繰り広げられていた。テスラ、シス、リリーの順番がいいかなー。いや、リリーはヤキモチ焼くからなーとか。彼女と対峙している瞬間、そんな思考を超高速で繰り広げていた。
「ククク……クククククククククククククククククククククククク……ハハハハハハハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
バンバン。
バンバン。
笑いが止まらない。
ラブラブイチャイチャ絶賛妄想中のキチガイ魔法使い高笑い。
しかし、そんな彼の思考を読み取れるのは、自身が使役している小悪魔ベルセリウスのみ。
ランスロットにとっては、勝利の笑みに。
テスラにとっては、自己犠牲の充足感に。
そして、執事のミラにとっては、『どうせくだらぬことで妄想しているのだろう』という予想通り過ぎる侮蔑に映る。
一通り完全勝利(イチャイチャ)の余韻を味わう一方、力天使カサリオンは魔力の充足を終えた。
「……なにか言い残すことはありますか?」
テスラは全てを見通した瞳で問いかける。アシュは自身を犠牲にして生徒たちを守った。自分の性が悪だと定められた闇魔法使いが、かつての大司教サモンのように。神アリストのように。
決して相容れない間柄である。趣味も趣向も性格も合わない。ただ、反発し合う間柄であるからこそ、共に異なる道を、永劫の道を歩きながらこそ、彼のことが理解できた。そのことにテスラ自身が動揺していた。
ただ。
予想に反し、アシュは歪んだ瞳を浮かべる。
「ああ……君の描いたその結末も悪くない。しかし……それは僕の選んだ結末じゃないな」
「……なにを言っているのです?」
テスラは純粋に問いかける。
すでに力天使は準備を終えている。ここから、アシュが悪魔召喚を行ったとしても、時間がない。それは、すなわち戦闘を放棄したということだ。
聖魔法陣を幾重にも張り巡らし、完全な防備体制を施した。純然たる闇魔法のアシュは攻撃の最強魔法である聖闇魔法も使えず、人質になる可能性のあるセナ、シス、リリーもテスラの側にいる。
誰かを操作している? 否。高位の魔法使いならば、魔法で操作されていれば気づくはずだし、そもそもアシュが一番それを理解している。
ここからの逆転はあり得ない。
たとえそれがーー
「神だとしても――かい?」
「……」
「ああ、そうかもしれないね。でも……僕はできるんだよ」
そう言った瞬間、テスラの腹に熱い感触が弾ける。下を見ると、ナイフが彼女に突き刺さっていた。吹き出す大量の血液。
「えっ……」
テスラは言い。
「えっ……」
シスは言い。
「えっ……」
リリーも呆然とつぶやいた。
刺したのは……元13使徒であるセナだった。
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