論客


 1日目。次々とやってくるアリスト教徒の論客たち。まずは、50人が一斉にサン・リザベス大聖堂に集まった。周囲の噂話を聞いていると、その後も続々と集結しているらしい。


「さすがは大陸一の宗教団体だね。リリー君、彼らは口撃のプロだ。心してかかりなさい」

「わ、私がやるんですか?」

「別にどちらでもいいが、やりたいと思って」

「……っ」


 図星。ホグナー魔法学校内のディベートは常にトップ。魔法も強いが、口喧嘩も同じくらいに自信がある。一度始めたら、相手が泣いてもやめない。号泣してもやめない。泣く子も黙るリリー=シュバルツである。


「わかりました! やってやりますよ! シスを狙うやつらなんて、バッキバキに論破してやりますよ!」

「……まあ、相手が死なない程度に頑張りなさい」


 やる気になっている金髪美少女に対し、適当な励ましを行いながら、アシュはミラの方を振り向く。


「リリー君の側について、知識の補完をしてあげたまえ。さすがに、気力と体力と突進力だけでは限界がある」

「アシュ様は何をなされるのですか?」

「読書」

「……かしこまりました」


 シネバイイノニ、とミラはいつも通り思った。


 論戦というものは、言葉の戦争である。それは、相手を屈服させるという戦闘本来の目的を、武力なしに成し得ることができるからである。

 その点、平和主義のアシュは多少時間がかかろうとすべて論戦を交えて物事を解決しようとしてきた。


 ランスロットはそんなアシュの行為を無謀と心の中で笑う。すぐさま、側近に彼の嘲りを伝え、心をザワめかせようとする。


「論客は数百といます。あなたたち数人程度が相手になるとでも」

「逆に僕は驚いているよ。人数は僕らと同じ数だけ用意して、最も優れた論客だけを相手にするかと思っていた。まさか、全員を相手にさせようとして、勝ち誇る厚顔無恥さに、逆に、僕の方が恥ずかしくなってくる」

「……っ」

「いや、いいんだよ。君たちが自分たちの非力を認め、『同じ数だと相手にならないから数百人用意しました』と素直に言ってくれれば、僕らも仕方なく相手にしよう。さあ、言ってくれランスロット君。君の口から、自分たちは論戦ですら、正々堂々と行わない、生まれついての卑屈、卑怯、卑劣、いわゆる『三卑』を体現しようとする宗教であるということを」

「……」

「それすら言わないのかい? まったく、君に自尊心はあるのかね。サモン元大司教も、君と同じく手段を選ばぬ方でもあったが、少なくとも影に隠れた卑怯者ではなかったよ。同じ兄弟だと聞いたが、随分と違うようだね」

「……」


 ランスロットは忌々しげに、沈黙を貫く。

 アシュにとっては、大多数対少人数の論戦は望むところである。むしろ、その瞬間、精神的優位は揺らがなくなる。

 所詮は論戦など、どちらかの気勢が勝つかによる。卑怯な手を使えば相手がいかに正論を吐こうとも、それを槍玉にあげて、いつまでもネチネチと攻撃ができる。


 こと、性格の悪さに関して、アシュという男の右に出る者はいなかった。



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