闇を喰らうもの


 その場一帯に大きな窪みができた。ピクリとも動かないアシュの姿は、これまで通りの再生を行わない。激しい目眩に襲われながらも、かろうじて立ち尽くすゼノスはその光景を眺めて高笑いを浮かべる。


「はぁ……はぁ……フフフフ……フフフフフフハハハハハハハハハハハハ……ハハハハハハハハハハハハ! マリア……マリア!」


「はい」


「倒したよ……やっと君を取り戻した」


「はい」


 ゼノスは、側に駆け寄って来たマリアを力強く抱き寄せる。


「今までどおり、君とずっと一緒だ……永遠に」


「はい」


「動けぬ奴を封印して……あとは雑魚どもの始末だ。多少は手こずるかもしれないが、問題はないだろう」


「はい」


「それで終わりだ……また、いつも通りの日常……君との変わらぬ……日常だ」


「はい」


「……うん」


 その時。


「クククク……歪んだ愛だね……愛してもいない癖に」


 声が聞こえた。


 あの、耳障りな笑い声が。


 振り返ると、アシュが立っていた。


「……なぜだ」


「……」


「なぜ立っていられる!?」


 全てを打ち砕いたはずだ。


 仲間もここには来れない。


 すでに勝負は決して。


 動くことすらままならない。


 その肉体も……心も……


 全てを。


「随分……遅かったね」


 黒髪の魔法使いの叫びを無視し、白髪の魔法使いは上に手をあげる。


 その掌に。


 莫大な闇の塊が収束される。


「……なんだそれは」


 思わずゼノスは疑問を口にしていた。


 研究者の性で、見たこともないものには必然的に目を奪われる。


「僕が開発した収束闇魔法だよ。最初から一人で君に勝つ気など僕にはなかった。闇の力を高める魔石『黒瑠石』を五芒星の配置に設置することによって放つことのできる魔法……闇を喰らう深淵エレ・ダ・イータと僕は呼んでいるがね」


 その闇は果てしなく巨大で。


 漆黒よりも濃く黒い。


「バカな……貴様以外に5人など……」


 この一帯は特殊な結界によって、外部からの侵入を防いでいる。パーシバル、ロドリゴ、ナイツ……そしてレイア以外に味方はいない。


「ククク……」


 その笑いに。


 ゼノスはハッとある事実に気づく。


「サラは……サラはどこだ!?」


「……やっと気づいたようだね」


 この魔法を放つために。


 アシュはワザとサラにマリアを差し出させた。


 出発前に、彼女にかけられた隷属魔法を解き、同時に自らの記憶を想悪魔に消去させた。さも、騙された道化かのように振る舞うために。


 全てはこのときのために。


 人質を差し出し。


 肉体も心も殺され。


 全てを引き換えにしてこの一瞬のために。


「……ゼノス。確かに、君は一流の研究者だ。しかし、魔法使いとしては三流だな」


「なん……だと……」


「君は自分より弱い者を選別して戦うことしかしなかった。その過程の中で、戦いの戦略も、思考も、柔軟性も衰えた。笑えたよ。なにから何までこちらの掌の上だ……僕がこうも長々と解説している意味すら考えもしない」


 果てなき闇はアシュの左手に収束され。


 やがてそれは巨大な球状を形成する。


「くっ……まだ……決着はついて……おい……マリア……」


「はい、ゼノス様……私はあなたを愛しています」


「そうじゃない! 離せ……」


「はい、ゼノス様……私はあなたを愛しています」


 振りほどこうとしても決して離さず抱きついてくるマリアを眺めながら。


「僕がなにもしないまま彼女を返すと思うかい?」


 そう笑い。


「戻らぬ時を抱いたまま……死ね」


闇を喰らう深淵エレ・ダ・イータ


 振り下ろされたその闇は。


 ゼノスの頭上に降り注ぐ。


「ま、マリア……は、はなっ……くそおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


















「ゼノス様……私はあなたを愛しています」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る