停止


 階段をゆっくりと降りるゼノスは興奮で打ち震えていた。


「フフフ……まさか、あんな方法で窮地を脱するとは。アシュ=ダール……ヤツは最高だ。なあ、マリア」


「はい」


 隣で歩く彼女は、相変わらず美しい微笑を浮かべる。


「……」


 レイアもまた少なからず驚嘆したが、むしろゼノスの表情が気になった。慌てふためく様子はなく、喜んですらいる。


「ヤツの奇策も見事だったが、そろそろ最期だ。仕留める準備をしておけ」


「……ロドリゴ、ナイツ、パーシバルは強いわ。烈悪魔もいる中、そう簡単に仕留めるとは思えない」


「簡単さ。予言してもいい。ヤツは次の攻防で呆気なく死ぬ」


「……」


「安心しろ、君の仲間はすでにあの場にはいないさ。邪魔でもされたらかなわんので、外の死兵に襲わせた。先日襲わせた規模の3倍の量だ。アシュが見る光景は、死兵によって捕獲されているか……おっと予想は外れたようだ」


 愉快げに階段を降りたゼノスは答える。


 一階には死兵も、ロドリゴ、ナイツ、パーシバルもいなかった。まるで襲われてなどいないかのような綺麗な空間が広がっている。


 扉の前には、アシュとオリヴィエが立っていた。烈悪魔の拳には、緑色の血が滲んでいる。


「フフフフ……前の部屋とは違って、その扉は壊れないだろう? 侵入者防止のために私が設計した頑強な扉だ。千人掛かりだって壊せやしない。しかし、彼らは勇敢だね。勝てないと知りつつ、外で撃退することを選んだ。貴様が私を倒して死兵を行動不能にするというわずかな可能性に賭けたわけだ」


「……使えぬ手駒たちだ」


 アシュはそう吐き捨てるが、どう考えても合理的な判断だった。ひとたび侵入してくれば、挟み撃ちを防ぐのは不可能。反射的に機転を利かせたのは、パーシバルというところだろうか。


「貴様との戦いは非常に面白かったよ。ただ、もうそろそろ閉幕にしようか」


「勝ち誇るのは、まだ早いんじゃないかい? こちらはすでに悪魔召喚をすませている。戦力的には五分だ」


「そう強がっているのが、今の苦境を示しているんじゃないのか」


「……」


「フフフ……そんな君にプレゼントがあるんだ。入ってきていいよ」


 ゼノスの声に反応して、別の部屋の扉からガチャリという音が響く。


 それに対しアシュは一瞥もせず、ゼノスとレイアを観察し続ける。


 互いに極大魔法を放つタメはすでに済んでいる。少しでも目を離せば、それだけで致命的になる。両方を視界でとらえるために、注意深く一歩一歩後ろへ下がる。


「アシュ……」


 しかし。


 その声を聞いた瞬間。


 足は止まり。


 視線はゼノスとレイアから離れ。


 身体を無防備に向け。


 その場に立ち尽くした。


「……リアナ」


 そうつぶやき。


 呆然とした表情を浮かべ。


 その頬には涙がつたう。


 そして。


<<氷刃よ 烈風で舞い 雷嵐と化せ>> ーー三精霊の暴虐トライデント・ヴァロス


 レイアの放った水・土・木の三属性魔法が、アシュの頭部、胴体、手足をバラバラに切断し。


<<漆黒よ 果てなき闇よ 深淵の魂よ 集いて死の絶望を示せ>>ーー煉獄の冥府ゼノ・ベルセルク


 ゼノスの放った闇の極大魔法がその頭部を消滅させた。

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