圧倒



<<光の存在を 敵に 示せ>>ーー光の矢サン・エンブレム


 様子見とまでは言わないが、レイアは初手に魔法の矢マジック・エンブレムを選択する。魔法使い同士が一対一で相手と戦うときには、まずは相手の実力を知らなければならない。


<<闇の存在を 敵に 示せ>>ーー闇の矢ゼノ・エンブレム


 そして。


 ゼノスが放つ闇魔法のシールを。


 彼女は紛れもなく見た。


「なっ……」


 その言葉とともに光が闇を飲みこみ、そのまま勢いは衰えぬまま向かってくる。


 そして。


<<光よ 邪なる闇から 我が身を護れ>>ーー光の護りサン・タリスマン|


 慌てて張った光の魔法壁でやっと相殺する。


 そのシールは異常なほど美しかった。自分のそれが滑稽に見えるほどに。


「ふふふ、君たち若い魔法使いはとりわけ速さを重視する傾向にあるが、それでは魔法一つ一つの威力は出ないだろうに」


 まるで弄ぶかのように、ゼノスは笑う。


 無論、レイアのシールも他から見れば相当優れている。が、この男の前では子ども騙しだ。


 同じランクの魔法で相殺できなかったのは、はっきり言って相当な痛手だ。以降、彼の魔法は回避するか、魔法壁でないと防げない。


 しかし、落ち込んでいる時間はない。


<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー炎の矢ファイア・エンブレム<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム<<木の存在を 敵に 示せ>>ーー風の矢ウインド・エンブレム<<光の存在を 敵に 示せ>>ーー光の矢サン・エンブレム


 レイアは次の戦略に早撃ち勝負に切り替える。属性魔法を数多く撃って制する作戦。不格好だとは思うが、背に腹は変えられない。これを防ぐには即座に相克する属性魔法を返さなければいけないが、同じレベルの速度も必要になってくる。


 ゼノスがその回転に耐えられなくなり魔法壁を張った時点で極大魔法で仕留める。


 速さならば。


 速さであれーー


<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム

<<金の存在を 敵に 示せ>>ーー鋼の矢アイアン・エンブレム<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー炎の矢ファイア・エンブレム

<<闇の存在を 敵に 示せ>>ーー闇の矢サン・エンブレム


「嘘……」


 一瞬、勝負を忘れた。


 無残に散り行く魔法の矢マジック・エンブレムを眺めながら、魔法壁を張ることもおろそかになり、


 レイアはその報いを受けた。


「きゃあああああああああああっ」


 全ての魔法の矢マジック・エンブレムを直撃し、傷だらけの状態になる。この初級魔法では致命傷にはならない。しかし、額や腕からは血が噴き出て、至るところに火傷と凍傷が見てとれる。


「誰が君より遅いと言った? 僕の魔法より速いのはあの忌々しいヘーゼン=ハイムだけだった」


「はぁ……はぁ……くっ」


「……本当にあの魔法使いは厄介だった。奴のおかげで僕は拠点を移動し続けることを余儀なくされた。しかし、君のような小娘に舐められるような覚えはないな」


「……っ」


 実際その通りだった。きっと侮っていたのだろう。その理由もわかっている。ゼノスの闇魔法はアイツには及ばない。殺したいほど憎悪し、嫌悪し、追い求めたあいつには。そうタカを括って挑んだ戦いだった。蓋を開けてみれば、ゼノスは彼より遥かに強い。


『彼は僕より強いよ』


 アイツの言った言葉が今になって頭に響く。珍しく謙遜をしたのだと思っていたが、今思えば彼は冷静に分析していた。だからこそ、裏ギルドの力を借りて、アリスト教徒と共闘までして。


「もう、終わりかい? てっきりもう少しやるかと思っていたが」


「……まだ」


 終わるわけにはいかない。


 終わらせるわけには。


「そうこなくっちゃ」


 嘲笑うゼノスを睨みつけ、レイアは魔法を詠唱チャントする。


 その余裕は命取りだと。


 いくら実力で負けていようと。


 アリスト教は負けない。


<<猛き 女神よ 偽りの 亡者に 裁きの 光を>>ーー磔の愚者アグ・ロベスタ


 門外不出の秘儀。


 単体で出来る極大魔法をさらに超えた光の魔法。


 あのアシュ=ダールでさえ行動不能にした魔法だ。


 無数の光剣が出現し、ゼノスへと向かう。それは、光のサン・スタークの光より遥かに大きく鋭いものだった。


 それが、彼に突き刺さる直前。


 レイアは見た。


 歪んだ笑みを。


 果てなき闇を。


<<闇の盾よ 愚かな光に 永劫の 罰を>>ーー煉獄の徴エレ・ダボーラ


 一瞬にして相殺された光を。


「……嘘」


 レイアはただ、呆然と見つめ続けた。

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