魅悪魔


 魅悪魔オエイレット。その漆黒の肌と髪が紅の瞳を一層際立たせ、綺麗すぎる輪郭とシルエットは、傾国の美女のような禍々しさを連想させる。階級としては中位の悪魔で、アシュが召喚できるどの悪魔よりも強力である。それにも関わらず、華奢で弱々しそうにも見えるその姿が、闇魔法使いにとめどない悪寒を抱かせる。


 計算外だったのは、リアナの登場。そこで、クリストの精神が耐えられなかった。その屈辱にまみれた自身の姿を見られ、全てを消し去りたいという願望が、とめどない自己否定へとつながり、悪魔召喚へと至った。


 アシュは、心の中で舌打ちをする。油断などせずに、悪魔召喚の魔法陣を消し去っておくべきだったと。


「……我を呼んだのは……お主か?」


 オエイレットがクリストの方を流し見る。


「ああ、僕だ。君は、僕の願いを叶えてくれるかい?」


「ふむ……」


 その一連のやりとりを。闇魔法使いは微動だにせず凝視する。本当は、リアナに撤退を指示したいところだが、弱みを見せたら真っ先にそこを突かれる。


 その時、


 魅悪魔は急に飛び上がり、リアナの方に向かう。


「……っ」


 間髪入れず敵の背後に、


<<果てなき業火よ 幾千と 敵を滅せ>>ーー漆黒の大炎パラ・バルバス


 アシュの放った炎属性の最強魔法が直撃した。


「……ふむ」


「……っ!?」


 渾身の一撃だったはず。


 自身でもかなりの魔力を乗せた一撃だったはず。


 しかし、それは魅悪魔の足を止めさせた程度。


 その恐るべき耐久タフネスに底知れぬ戦慄を覚える。


「なっ……なぜ、リアナを攻撃したんだ!?」


 クリストが取り乱した様子で、叫ぶ。


「なぜ? お主は、その女を手に入れたいのじゃないのか? 死んだら手に入るぞ」


 無邪気に、美しく微笑むオエイレット。


「ふざけるな! 僕はそんなことは望んでいない!」


「フフフ……、いやお主は望んでいるよ。私にはわかる。お主の心の中には嫉妬、独占欲、自尊心で満ち満ちている。あの女の心が奪えぬなら、憎い男に渡すぐらいなら、たとえ殺してでも手に入れたいと」


「違う……違う違う違う違う!」


「クリスト、落ち着け。心を揺らすな。悪魔は歪んだ願いしか叶えない」


 闇魔法使いは魅悪魔から目を外さずにつぶやく。


「アシュ……ダール……」


「……リアナを殺したくはないだろう? 不本意かもしれないが、共闘するぞ」


 これは、賭けだった。クリストが敵側に回れば、万が一にも勝てる目はない。アシュは、オエイレットに全身を集中させる。


「くっ……勘違いするなよ。リアナを救うためだ」


「……よし」


 言葉少なめにつぶやくアシュ。もちろん、生き残れたら、クリストを半殺しにして、裸一丁で磔にして、全身くすぐりの刑にして、校内引きずりまわしの刑に処すと決めている。だが、今は強力な魔法使いの戦力として計算する。


 アシュとリアナのコンビネーションは、すでにできている。


<<白き羽よ 空より 聖なる徴を 示さん>>


 魅悪魔がアシュとクリストの方を見ている隙に、リアナが天使を召喚した。


 癒天使レサリヨン。大きな翼を生やし、純白ローブをまとった少女の風貌をしている。権天使で、低位ではあるが強力な天使である。主に防御に優れており、治癒魔法、魔法壁などを得意としている。


 しかし。


「……ほぅ。人間にしては強力な天使を召喚するのぅ」


 少しの表情も崩さずにオエイレットは笑う。


 その余裕の表情を眺めながら、アシュが詠唱を完了する。


<<命を刈り取る 悪羅を 死せん>>


 魔法陣から烈悪魔オリヴィエが出現した。人ほどの大きさを持ち、漆黒の翼を持つ。鋭い瞳は、明確な殺意を持ち、野獣のような牙が獰猛に光る。


 にも関わらず。


「ほぅ、こちらもか。結構、結構」


 一向に魅悪魔の表情が崩れない……いや、むしろ召喚された天使・悪魔が思わず表情を変えるほど。


 オエイレットは戦闘型ではない。中位では、その実力は低い方であるが、オリヴィエも、レサリヨンも低位では最強クラスである。しかし、それでも中位と下位では、その実力の隔たりは、天と地ほどの差がある。


 魅悪魔を囲って、クリスト、アシュ、リアナが三角トライアングルを作る。微動だにしない余裕を見せる敵に向かって渾身の一撃を喰らわせるために。


<<氷刃よ 烈風で舞い 雷嵐と化せ>> ーー三精霊の暴虐トライデント・ヴァロス

<<哀しき愚者に 裁きの業火を 下せ>>ーー神威の烈炎オド・バルバス


<<氷刃よ 敵を貫きて 爆炎と化せ>>ーー水陣の反乱アクア・レバリタン


 三者が放った魔法は、オエイレットに向かって放たれた。






 

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