観察


 開始2時間と30分時点。


 アシュたちの場所から数百メートル離れた崖で。


「……」


 魔法陣を駆使したトラップで中堅生徒グループを壊滅している様子を、さらに学校一の美少女リアナとイチャイチャしている様子を、クリストは千里眼で眺める。


「どうだ。アシュが見えたか?」


 グループ員のバズが尋ねる。


「……」


 バキ……バキバキバキバキッツ……


「ど、どうした!?」


「いや……なんでもない」


「そ、そうか……」


 いや、なんでもない折れ方じゃねーだろ、とは同じくグループ員のリーダの感想である。


 クリストは普段から鉛筆を手に持つと言う変わった癖があるが、学校一の秀才であるので、誰も深くはツッコまなかった。しかし、この課外授業にまで鉛筆を持って来ようとは。


 そして、教室内でバキバキと物音がするのはこれだったのか、と図らずも日常の七不思議が解けた瞬間であった。


 バズとリーダは、心の中で、クリストの評価を一段階、下げた。


「しかし……トラップが張ってあるな。恐らく、1つではなく、あの全域に」


 己の感情とは裏腹に、冷静に戦闘の分析をする学年トップ魔法使い。アシュの魔法使いとしての実力は、もはや疑いもない。かつて魔力測定で測った魔力は、特別クラスでは『並』のレベル。大したことはないとタカを括っていたが、さきほど見たシールの正確性の高さ、速さは桁違いである。


 しかし。


 同時に、勝てないほどでもないと、心の中でほくそ笑む。噂によると、あのヘーゼン=ハイムが直々に弟子にしたと聞いていたが、少なくとも彼のような傑物クラスになるとは到底思えない。所詮は秀才の域を出ないと、クリストは判断を下した。


「……リアナが厄介だな」


 偉大な父親の血を受け継ぎ、光、闇含む全ての属性の魔法を扱える彼女は、この戦いにおいて最も強敵であるとクリストは踏んでいた。こちらも魔力測定の結果は大したことはなかったが、光魔法を使えないと言う明確な弱点を持つアシュより、戦闘に幅がある。そして、2人に組まれれば、自分はともかく、バズとリーダ次第では負けの目もある。


「どうする、クリスト?」


 バズの物言いに、心の中で舌打ちをする。誰のせいで、こんなに戦略を巡らさねばいけないのか。全てはお前ら無能のせいじゃないか、と。しかし、そんな発言をしても一ミリの得すらない。大きく深呼吸をして、クリストはニッコリと笑った。


「ジルを使う」


 2人の側にいる勤勉美少女。アシュの手先となって、囮となっている彼女を嵌めてやりさえすれば、リアナを降参させることができる。


「ジル……なるほどな。しかし……嫌われないかな?」


「クッ……ハハハハハハハハハハッ」


 リーダの言葉に、クリストは思わず笑いだす。


「なにがおかしいんだよ?」


「ハハハッ……すまんすまん。ものは言いようだよ。こっちだって、悪者になる気はないさ。悪者はアシュ=ダール、ただ1人。そうだろ?」


 そんな風にごまかしながら、未だ巻き起こる笑いをクリストは抑えきれなかった。リーダのような太って不恰好な男が、大陸でも5本の指に入るであろう美少女の好意を気にするなどと。いったい、何様なのか。身のほどを知らないとはこのことかと、心の底から嘲る。彼女にふさわしいのは、自分しかいない。学校でも一番の魔法使い、そして、容姿端麗、将来国家を担い、かつ最強魔法使いヘーゼン=ハイムの後継者である自分しか。そのためには、邪魔なものアシュ=ダールは排除する。


「おっと……このままでは日が暮れてしまう。そろそろ、チェックメイトと行こうか」


 クリストは、仮面のような笑顔で微笑んだ。




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