異変
控え室で、最初に異変を感じたのはリリー=シュバルツだった。
「う、嘘……なんで!?」
ウォーミングアップをすればするほど、魔力が減少していく。そんなはずないと精神を集中させるが、どんどんそれは少なくなっていき、最終的には4分の1ほどしか残っていない状態になった。
「どうかした?」
隣のシスが、不穏な表情に気づき尋ねるが、
「……ううん、なんでもない」
と、即座に否定。
調子が悪いなんてことが知れたら、リザーブに回される危険もある。今日この時を、今か今かと待ちわびていた優等生美少女にとっては、自分の調子が悪いことは絶対に知られたくはないことである。
特別クラスの一回戦のメンバーは五人。ミランダ、ダン、ジスパ、シス、そしてリリーである。
元々魔法が使えないシスを除く四人が、この時、魔力の不調を抱えていたが、誰一人として申告する者はいない。
「リ、リリーど、どう調子は?」「ぜ、ぜ、絶好調に決まってるじゃない。と、ところでミランダは?」「わ、私も! これなら誰にも負けないわね……ダンは?」「さ、最高だよ最高。これは、もらったね! ジスパ、どう?」「だ、だ、誰に向かって言ってるのよ! この勝負、貰ったわ……シス、調子は」「えっ……私は、普通だけど」
一人(シス)を除く、全員が思いっきり強がる。是が非にでも、いいところを見せたい煩悩満載生徒たちである。ある者はその出世のために(ジスパ)、ある者は奨学金の増額のために(ミランダ)、ある者は彼女にいいところを見せたいがために(ダン)、そして、ある者は最低教師の鼻を明かすために(リリー)、全員は思いっきり強がった。
「さて、そろそろ入場か。みんな、集まりたまえ」
一方、毒を盛った張本人は、なに食わぬ顔で生徒たちを集合させる。
「調子はどうだい?」
「ぜ、絶好調!」「最高だよ」「全く問題ないね」「心配しないでも大丈夫ですよ」「普通です」
やはり、シスを除く全員が、思いっきり強がる。
その光景を見て、心の中で笑いが止まらない性格最低魔法使い。
「よろしい。一回戦は、ダルーダ連合国だ。僕の友人である豚侯爵、フェンライ君が担当している。なかなか手強いから気をつけるように」
「えっ!? アシュ先生ってフェンライ国家元首と友人なんですか?」
途端に、ジスパの目を輝く。まさか、大国の首脳と知り合いだなんて。彼女の中で、アシュ(コネ)の評価がレベルアップした。
「ああ、彼の豚の鳴き真似はなかなかのものだよ。試合後、一緒に見せてもらおうか?」
「ぶ、豚の鳴き真似……なんで、そんな屈辱的なことさせるんですか」
「いや、好きなんだよ彼は」
心の底から、そう思っている天然闇魔法使い。
「……変わってますね」
「まあ、人の好みは千差万別さ。彼の趣味なんだ。理解してあげなさい。君もあの嬉々とした豚の鳴き声を聞けば、彼 のことが理解できるだろう」
「わ、わかりました。絶対ですよ」
是が非にでも、ダルーダ連合国とのコネクションを作っておきたい優等生少女は、豚侯爵の趣味を、受け入れることに決めた。
「おっと……始まるね。僕からのアドバイスは一つだ。例え、実力で及ばなくても勝負に勝つ方法はあるということ」
「お、及ばないって、私たちがダルーダ連合のチームより劣っているということですか?」
リリーが心外そうに尋ねる。
「いや、例え話だよ。相手の実力がわからない場合は、全ての可能性を想定するべきなのさ。ましてや、相手が格下だなんて想定するのは愚かだろう?」
「な、なるほど」
「おっと……アドバイスが二つになってしまったようだ。じゃあ、健闘を祈る」
アシュは、さも理想の教師かのように、生徒たちの背中を一人一人叩いて送り出した。
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