幕間 屈辱
円形闘技場の出口を重い足取りで歩く、豚侯爵こと、ダルーダ連合国元首、フェンライ=ロウ。
「「「……」」」
その後ろを黙ってついていく生徒たち。
その場に足を踏み入れた時の意気揚々とした感じとは、うって変わって、意気消沈した様子の引率責任者に、どう声を掛けていいかがわからない。
ただ、その後ろ姿は、とても、豚らしかったという。
ドタッ。
その時、フェンライが躓く。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄るのは、ダルーダ連合国代表主将ルード=バルスマン。褐色の肌が特徴的な、筋肉質の青年である。
「……なあ、私は豚みたいか?」
「い、いえ。そんなことは……なあ」
慌てて振り向くと、
「まったく、そんなことないですよ」「どこをどう見たら豚に見えるんですかね。キッチリ人間です」「そうですよ、僕には人間にしか見えないなー」「どこをどう見たって人間ですよね」「人間ですよ、フェンライ様は、間違いなく豚ではないです」
他の生徒たちもまた、慌てて同意する。しかし、あまりにも突然過ぎる問いに、『豚か人間、どちらかと言うと人間』のような、微妙なヨイショをするに留まる。
「……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、アシュ=ダールーーーーーーーーーーーーー!」
フェンロウは、狂ったように、叫びだす。
二人の出会いは、35年前。ダルーダ連合国の一侯爵であったフェンロウを見込み、アシュは莫大な支援を行った。やがて、その類稀な貪欲さ、政治力が功を奏し、連合国の元首までのしあがった。
拡大していく権力に従って、要求はどんどん大きくなる。自分が国家のトップになったにも関わらず、弱点を握られて、アシュの前では下僕のような扱いだった。中でも我慢ならなかったのは、彼が好んで使う『豚侯爵』という呼び名。
出会った頃は、なんとかこの闇魔法使いに取り入ろうと考え、自ら豚の真似をして、喜ばせたりもした。しかし、偉くなり、周りの者に持ち上げられるにつれ、変わらず『豚侯爵』と呼ぶアシュに苛立ち始めた。この国の最高権力者が、豚のように這いつくばって、『ブヒブヒ』と鳴きながら、歩く。アシュ、一人だけならばいい。しかし、そこには必ず、美しい執事が、冷めきった、軽蔑したような表情を浮かべていた。
『君は本当に豚の真似が好きなんだね』
『ブー』
・・・
かつての屈辱的なやり取りは、アシュが最強魔法使いヘーゼン=ハイムに追われて、国から逃亡するまで続けられた。
「ルード……ナルシャ国とは、何回戦で戦う?」
「一回戦です」
「そうか……必ず、勝て。対戦相手の生死は問わん。どんな手段を用いても構わない。そのために必要なものは全て準備する」
「……はい」
静かに頷くルードに、豚侯爵は不気味な笑顔を浮かべる。
もう、かつての豚侯爵と呼ばれた自分ではない。その権力は、すでに盤石なものとなり、『ダルーダの太陽』と称されるまでになった。もはや、『闇喰い』などに恐れる器ではない。むしろ、奴が育成した生徒たちを屈服させて、これ以上ないくらいの屈辱を与えてやる。
「ブフフフフウフ……ブフフフフフフフ……ブフフフフフフフ……ブフフフフフフフフフフフフヒッ」
フェンロウは、天に向かって、高笑いを浮べる。
皮肉にも、その変わった笑い声ゆえに、彼は、裏で『豚足元首』と呼ばれていた。
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