新魔法


 8時30分になり、授業のチャイムが鳴る。それと同時に、アシュは大きなあくびをし、その漆黒の瞳を見せる。


「……ふぅ。つい寝てしまったようだね。徹夜で研究をしていたので、ついね。さて、始めよう……ところで、リリー君。君は、ふざけているのかね?」


 闇魔法使いは、机に突っ伏して起き上がらない美少女に問いかける。


「……今、私に話しかけないでください」


 彼女は、先ほど有能執事に晒してしまった姿を、自らの黒歴史と刻む。


「気分が悪いのかね? もし、体調が悪いのなら我が執事が保健室に連れて行ってもらうが」


「……放っておいてください」


「大丈夫かい? いつも無駄に元気な君がそんな調子だと、紳士である僕は心配になるね」 


 こんな時に限って、珍しく本心から心配するKY魔法使い。


「……」


「……やはり、体調が悪いみたいだね。ミラ、保健室に連れて行って――」


「う―――――っ! ほっといてくださいよ! なんで、こんな時ばっかりカマってくるんですか! ワザとですかいえワザとなんですよね!?」


「な……なんのことだかよくわからんが、大丈夫なんだね? なら、別にいいんだが……最後に言うが本当に保健室には――」


「アシュ様、女性にはこういう時が存在するものです。たまには察してくださいませ。まあ、あなたにそれを望むのはこの大陸の完全平和を望むのに等しいこととは思いますが」


 ミラがたまらず横やりの皮肉を入れる。


「そ、そうか。もちろん、なにを隠そう僕は女性の心情には大陸一詳しいと自負している。好きにすごしたまえ、リリー=シュバルツ君」


 なにを言っているんだこのキチガイ魔法使いは、とは生徒とミラの総意である。隠すもなにも、限りなく鈍感で最低で気が利かない。


「それよりも、授業を進めては? そのために、早出をしたのではなかったのですか?」


 有能執事が当初の予定を思い出させる。


「おお、そうだったね。諸君、今日は楽しい授業だ。新魔法の発表会を開くよ」


 闇魔法使いの発言に、生徒たちの瞳が輝きだす。


「先生! それ、本当ですか?」


「ああ。君たちの若く柔軟な発想を求めるね」


 そう言うと、一斉に生徒たちから歓声があがる。


「反対反対反対反対! 反対です!」


 先ほどまで机に突っ伏していた美少女、リリーが手を挙げて叫ぶ。『新魔法』と言うフレーズにすっかり意気消沈は晴れたご様子。


「はぁ……なんなんだ君は。元気になったらなったで心配だな君の情緒は」


 確かに――とはミラと生徒全員のひそかな総意である。


「まずは基礎を学ぶことこそ重要なんじゃないですか!? 他の先生もそうやって言って新魔法には手を出さないように教えてます」


「……優等生らしい君らしい答えだね。そして酷く愚かでつまらない答えだ」


 闇魔法使いはリリーの方に近づいて大きく目を見開く。


「な、なんですって!?」


「さらに言うならば、その教師の皮を被った愚か者たちは、即刻辞表を提出するべきだね」


「ふ、ふざけないでください!」


「彼らがなぜ『新魔法には手を出すな』と言っているのか、わかるかね?」


「……」


「そう教えられたからさ。その教師の教師にね。だから、基礎を学ぶことが重要だという取り繕ったいい訳しか生徒に教えることができない」


「……実際にそうじゃないんですか!? 基礎は重要だと思います」


「両方やればいいじゃないか」


「うっ……」


「基礎を学ぶことが重要だから基礎ばかりやれ? 馬鹿な。覚えておきなさい、一流は両方やるんだ。基礎を踏まえた試行錯誤のチャレンジ。これこそが、自らの実力を飛躍させる唯一の方法だよ」


「……」


「挑戦。挑戦こそが、歴史を超える唯一無二の方法……『リックス=ダーリン』。よもや、挑戦を否定するほど君の性根は腐ってはいないだろうね?」


 グリグリ。


 グリグリ、


 頭、グリグリ。


「ぐ、ぐぎぎぎぎっ」


「その悔しそうなうめき声は納得の回答とさせてもらうよ。さあ、諸君。校庭にでてそれぞれ新魔法を開発してきてくれ。最後にその成果を聞かせてくれ」


「そんなの一日でなんとかなるわけないじゃないですか!?」


「ふぅ……負け惜しみはみっともないよ、リリー=シュバルツ君。なにも完成形を見せろと言っているわけではない。どんな形でもいい。その発想こそが重要であるのだよ。まあ、君の凝り固まったその脳みそには思いつかないだろうがね」


「……」


 泣きそう。相変わらずすべてを論破され、泣き顔を見せないために全力で校庭に走る美少女。


 他の生徒たちも続々とリリーに続く。


             ・・・


「自分の魔法開発が進まないからって……他人の発想を盗むおつもりですか?」


 有能執事がチクリと刺す。


「まさか……彼ら程度の貧困な発想で僕を納得させる魔法を創り出せるとでも?」


「……」


「彼らはさ。敵をおびき寄せるためのね」


「……見損ないました。アシュ様は生徒だけは大切になされているものだと思っていましたので」


「なにを言っているんだ? 大切さ。彼らを失ったら胸が張り裂けるほどにはね。だからこそだろう? ギャンブルは大切なものを賭けるから、面白いのだよ」


「……」










 闇魔法使いは歪んだ笑顔を見せた。





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