とてつもない我慢


 教会内に入ると、アシュは神父のグレッグと話をしていた。レイアに気づくと、ニヤァと意地悪い笑みを浮かべて近づいてくる。


「おや、無様に泣いて逃げ帰ったんじゃないんだね」


 グリグリ。


「ぐっ、ぐぎぎぎぎぎっ……」


 悔しい。悔し過ぎて歯ぎしりが止まらない金髪美少女。


「レイア様、この方とお知り合いなんですか?」


 神父が二人を交互に見ながら尋ねる。


「ああ、実は古くからの友人なんだ。ねっ、レイア=シュバルツ君」


 グリグリ。


 グリグリ。


 まるで親戚のちびっ子をあやすかのように、強めにグリグリするサディスト魔法使い。


「……」


 心の中ではすでに数十回は飛びかかっているがが、やはり一向に動けない。どうやら、アシュに攻撃性を持つ行動にはロックがかかられるらしい。


「まあ、この子のことは気にしないでもいいよ。それより話の続きをしよう。あの砦の話をもっと詳しく聞かせてもらえないか?」


 からかうことに飽きたのか、アシュは再び神父の方に向かって振り向く。


「あの砦が完成した後には、外部から近づいた者はいません。実際、この村の魔法使い数人を偵察に行かせましたが辿り着くことすらできませんでした」


「ふむ……特殊な結界が組まれているね。まずは、侵入する手だてを考えなければいけないか。ありがとう、参考になったよ」


 紳士的なお辞儀をして、アシュは身を翻して教会を出て行く。


 レイアはすぐに追いかけ、彼の背中に向かって叫ぶ。


「……アシュ=ダール! あなた、なにをするつもり?」


 どうやら、攻撃性のない会話や仕草は許されるらしい。


「ああ、死者の王ハイ・キングに関しての情報を集めているんだ。この村のサラという女性に討伐依頼をされてね」


「……討伐依頼?」


「まあ、僕も彼にはぜひ会いたいと思っていたから、一石二鳥というやつだな」


「会って、倒すの?」


「いや、それはわからないね。ただ、僕は君たちのような野蛮人ではないんだ。実際に会ってみて、判断して決めるさ」


「……私も一緒に行ってもいい?」


「おや、どういう風の吹きまわしかな聖女様?」


「……」


 やっと、この闇魔法使いに会うことができた。今回を逃せば、次に会うことになるのはいつになるかわからない。アシュと一緒に行動し、なんとか隷属魔法を解く手段を発見しなければいけない。


「まあ、美女のお誘いなら断る理由はないな。君は僕にとって非常に面白い玩具おもちゃだ」


「ありがとう」


 憎しみの感情を極力抑える。今は、ただ耐えなくてはいけない。いつか、この闇魔法使いを完全に消滅させるために。


 その時、パーシバルが協会内に入ってきた。


「レイア様、ただいま戻りました……あの、そちらは?」


「……アシュ=ダールさんよ。今回の死者の王討伐は、彼と組んで行います」


 事情は説明せずに、事実だけを説明する。彼ほどの剣士が近くにいれば、慰みものになる危険は少ない。


「そうですか。パーシバルです、はじめまして」


「やあ、よろしく。僕のことは好きに呼んでくれたまえ。まぁ、人からは『大陸一の美男子』、『至高の魔法使い』、『天才研究者』などと呼ばれているがね」


「……じゃあ、アシュさんと」


 なんなんだこの変人は、とアリスト守護騎士は不審に思う。


「ふっ……そうか。奥ゆかしいね」


 意味不明な言動とともに、なぜか陽気なステップでナルシスト魔法使いは歩いて行った。

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