解放


 アシュ=ダールは心の底で歪んだ笑顔を浮かべていた。


 不老不死であるこの闇魔法使いは、8年という長い年月を、光すらささぬ部屋で過ごした。唯一の可能性に賭け、呪縛から逃れるためにが、自らのもとに戻ってきたことに、魂が打ち震えるほどの興奮を覚える。


「……ホント―に、ホント―に、助けてくれるんですか?」


 もはや疑念しか持っていない美少女は、闇魔法使いに顔を近づけて散々確認する。


「もちろん。僕は女性には優しいからね」


「でも、どうやって?」


「さっきも言っただろう? 僕は大陸一の闇魔法使いさ。この鎖を取ってくれれば、野盗なんか、相手にならないよ」


「……うーん」


 少女は唸りながら、ナルシスト魔法使いの手首についている施錠部を眺める。


「なに、頑丈な構造にはなっていない」


 施錠部は、一捻りすれば開くほどの、簡易的なモノであった。ただ、ヘーゼンの莫大な魔力が篭っており、内部からは外すことができない。その造りを甘くせざるを得なかったのは、自身を含めてこの『禁忌の館』と呼ばれる場所一帯に進入できないような魔法陣を張ったからである。それゆえ、この館のありものでアシュを封じざるを得ず、ミラという鍵の存在はまったく想定されていなかった。


「でも……」


「なんだい? なにか不安なことでも?」


「あの、失礼ですけど、あなた怪しいです」


「……」


 本当に、失礼な、発言だった。


「こんなところに鎖で繋がれて、しかも口調もナルシストっぽいし、そしてなにより直感的に嫌いなタイプです」


「……」


 ナルシスト魔法使いは思った。


 なんて、見る目のない、アホ娘だ、と。


 本来なら、自分の功績をひけらかし、メッタメタに反論して、すぐさま野盗に差し出して、世間の厳しさを教えてやりたいところだったが、そんな訳にもいかない。


「……まあ、強制はしないが、君にできる選択と言ったら、僕に助力を求めるか、追手に捕縛されるかしかないのでは?」


「う゛ーっ……どっちもいやです!」


「……しかし、どちらかは選ばないと」


「いやです! いやいやいや!」


 ぶんぶんと首をふって拒否をする彼女を眺めながら、闇魔法使いは、確信した。


 この女は、とんでもないアホだ、と。


「わかったよ、ミラ……もう一ついい提案があるんだが」


 しかし、あきらめるわけにはいかない。彼の自由を、このとんでもアホ美少女が握っているのことは、明確な事実だった。


「なんですか!?」


「契約魔法……君は知っているかい?」


 最も古く、かつポプュラーな魔法であり5歳児でも周知されているレベルのものだが、このアホ娘のことだと、アシュは念のため確認する。


「知りません」


「……」


 案の定だった。


 というか、規格外のアホだった。


「……ふぅー。ちょっと、時間をくれないか」


 一度、深呼吸して、自らの怒りを逃す。


「ダメです。追われてるんですよ! アホなんですか!?」


「ふぐっ……」


 アホにアホ呼ばわり。


 圧倒的な屈辱に、かつてだしたことのない擬音が発せられる。


「……では、説明しよう」


 本来なら、生きていく上で相手にもしないような規格外のアホに、運命を任せる屈辱を目いっぱい抑えながら、闇魔法使いは説明を始める。


 契約魔法。


 行動に制約を与えることによって、効果を発揮する魔法である。それは、魔法使いの力量ではなく代償によって左右される特殊な性質を持つ。


「要するに……どういうことですか? 説明がわかりにくいです」


「クッ……このアホっ……いや、失礼……」


 一瞬、取り乱しそうになったのを、精一杯の胆力で抑える。


 短時間の苛立ちで千載一遇の好機を台無しにするほど、彼の不自由は短くはなかった。この機会を逃せば、8年どころか100年単位での幽閉は間違いない。


「要するに、僕に言うことを聞かせる制約を与える契約をすればいいんだよ」


「そんなこと……できるんですか?」


「ああ、契約魔法は一方に魔力があれば、可能だ。僕は魔力が封じられている訳ではないからね」


「……」


「ゆっくり考えたまえ。とは言え、ゆっくり考える時間はないと思うがね」


 闇魔法使いは、歪んだ笑顔で、迫りくる野盗に感謝した。


「う゛―――っ……わかりました」


「まあ、悩むのはわかる。しかし、時間という……ん?」


「早くしてください」


「い、いいのかい? ま――……ゴホンゴホンッ……失礼」


 あまりにも簡単に納得されて、『まだ2秒しか経ってないのに』と不利な発言を言いかけたが、慌ててそれを打ち消す。


「早く早く」


 大して考えもせずに、結論を出すミラ。


 そもそも、彼女には、長く考えるという習慣がなかった。


 闇魔法使いは、思った。


 ああ、アホでよかった、と。


「……よろしい。では、僕の手を握ってくれ」


「ええっ!?」


「……安心してくれ。僕は君のことにはまったく興味はない」


 いい加減、アシュの表情も固い。


「う゛ーっ、わかりました。背に腹は代えられません」


 心底嫌々に、少女は闇魔法使いの手を握る。


「では、目を瞑りたまえ」


 そう指示され、少女は瞳を閉じる。


<<我が魔力をもち 我が運命を 司る契約を 委ねよ>>


 アシュが魔法唱えると、二人を黒い光が包んだ。


「……よし、これで、君に僕の契約権を譲渡した。あとは、君を助けなかった場合のペナルティを思い浮かべてくれれば契約成立だ。まあ、無難に『心臓を握りつぶす』とでも想像してくれればいい」


「えっ!? そんなの死んじゃうじゃないですか」


「……だからこその契約だろう。気にしなくていい。僕は君を害する気はない」


 闇魔法使いは低く笑う。


「でも……心臓握りつぶすのは、痛そうですね」


 少女は悲痛な面持ちを浮かべる。


「だから、大丈夫だ。誰も命を取られたくはないだろう?」


「……なるほど」


 いちいち受け答えがアホだ、とアシュは苦虫を噛み潰す表情を浮かべる。


「では契約するぞ。しっかりと、条件を頭で思い浮かべたまえ」


「はい……」


              ・・・


 二人の間に薄く青い光が包む。


「ふぅ……契約終了だ。僕が嘘をついていないことはわかるね?」


「……はい。なんでですか?」


「そういうモノなんだよ契約魔法は。契約を偽ることは悪魔でもできやしない……もちろん、神もね」


 アシュは、低く笑う。


「じゃあ、鎖を外します……助けてくださいね」


「ああ……もちろん」


 少女は、震える手でアシュの鎖を外した。


 

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