30秒


 基本的に、へ―ゼンはドSである。アシュが自称可愛い弟子一年目の時、いきなり後ろから谷底へ突き落された過去を持つ。理由としては獅子は千尋の谷に云々かんぬん。それから、不老不死になって破門になるまでことあるごとに修行と言う名のシゴキを受けた。


「はぁ……はぁ……へ―ゼン先生。弟子入り中も、破門後も、死後も、相変わらず過ぎて僕は安心しましたよ」


 アシュは、息をきらしながら笑う。その強がりはもはや、痛々しいほど疲弊した笑顔だった。


「貴様も相変わらず、逃げるのだけは異常に上手いな」


「先生が痛ぶるのが大好きなだけでしょう?」


 ロイドの命令を忠実に実行するしかないへ―ゼンだが、ある程度の自由な戦いが許されている。それは、命令で行動が限定されてしまう危険があるからである。『戦う』と言う意志さえあれば、一瞬で消し去ってしまってもいいしジワジワ燻るように戦ってもいい。


 アシュはなんとか勝機を探すが、詠唱する間もないほどの連続魔法に避けるのが精いっぱい。反撃にはつなげられない。


「……もうちょっとやるかと思ったが。お前は全然成長していないな」


「はぁ……はぁ……せ、先生が、僕を破門にするからでしょう」


「当り前だ。俺はお前に教えただろう? 命があるのは、死があるからだと。俺は、あれだけお前に」


「……」


 へ―ゼンは決して禁忌を犯した闇魔法使いを許さなかった。へ―ゼン自身が、誰よりも彼の才能に期待していたから。アシュ=ダールと言う男に自身のすべてを受け継ごうとしていたから。


「……なのに、お前は一番してはいけない選択をした。生の喜びを捨て、お前は永遠に死んでいるようなものだ」


「はぁ……はぁ……はぁ……弟子の操り人形になり下がった人に言われたくないですね」


 息をきらしていても、性悪魔法使いの皮肉は健在である。


「……安心しろ。お前は俺が千年牢獄に入れてやる。この先の世界のために」


 へ―ゼンが再び詠唱を始め、アシュは思わず天を仰いだ。


 その時、上空から飛翔音がした。


「こーのー最低教師―――――――――!」


 降りてきたのは、リリーと背中に取りついていた悪魔ベルセリウスだった。


「はぁ……はぁ……なんで君が?」


「シスをどこへやったの!? 早く言いなさい」


 リリーは闇魔法使いの胸倉を掴んで睨む。


「……ミラの魔法を破ったのか。大したものだな」


「そんなことはどうだっていい! シスの居場所を――」


「!? 馬鹿者よけろ」


「きゃっ!」


 アシュはリリーの肩を持って辛うじてへ―ゼンの魔法を躱す。


「早くここから離れろ! シスは……この先にいる」


 そう言ってサン・リザベス聖堂を指さした。


「……」


「どうした? シスを助けたいのだろう?」


「あなたは……あの子を見殺しにするんじゃなかったの?」


「……計算が狂った。いろいろとね。さあ、あっちにはミラもいる。君と彼女ならばシスを救える……早く行きなさい」


 場合によっては躊躇なくシスを差し出す闇魔法使いだが、これでは完全に奪われ損だ。自身の力不足を省みて、素直に吐いた言葉だった。せめて、少しでも彼女の力にとは、まぎれもなく彼の本心である。


 リリーは少しの間、沈黙していたがやがて首を大きく振ってへ―ゼンの方を振り向いて身構える。


「……いや!」


「何を言っている……君は阿呆か? 君はシスを助けるのだろう? こんな最低教師に構っている暇はないだろう?」


「……」


「リリー君。君が仮にここで戦ってもへ―ゼン先生は倒せないだろう。どう奇跡が起こってもだ。しかし、僕なら時間を稼ぐことぐらいはできる。その間に、君とミラでシスを助けた方が確率が高い」


「……いやよ」


「いい加減にしろ。僕は論理的に――「うるさあああああああああああい!」


 リリーがアシュに向かって叫ぶ。


「なっ……」


「なんであんたはそんなことしか言えないの!? ほかになんか言えないわけ。ねえ、アシュ=ダール。あなたは人間でしょう? 人は論理的な思考なんかより、感情的に行動するものでしょう?」


「……」


「私がここにいてあなたみたいな最低教師と戦う理由? わかんないわよそんなの。あなたは、いつも意地悪で傲慢で、ナルシストで……本当に大っ嫌い! でも、嫌なの! ここであなたを見捨てるのは嫌。だって、嫌なんだから! 人は、やりたいって思ったものをやるものよ! そうじゃないの、アシュ=ダール!?」


 ――アシュ=ダール、私はあなたの隣にいたい。


 ああ、確か君は、そう言ったんだったね。


「……まったく、君はだ」


「何よそれ! 一か月くらいの浅すぎる仲でしょう!?」


「ぐっ……一か月前から、君の性格には向上が見られない」


「大きなお世話よこの最低教師!」


 アシュはその言葉にフッと柔らかな笑みを浮かべ、両手を地面に向ける。


「……30秒だ」


「何が!?」


「30秒だけ時間を稼ぎたまえ。へ―ゼン先生は史上最強の魔法使いだ。どうせ、君なんかには無理だろうがな」


「ぐぐっ……や、やってやるわよ。後で吠え面かかないでよ」


 そう叫ぶリリーを見ながら、再び闇魔法使いは微笑み、初めてへ―ゼンから視線を外して目を瞑った。




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