人間



 アリスト教徒たちにとって、悪夢が始まっていた。息絶えた仲間たちが次々と、敵となって襲ってくる。共に理想を誓いあった仲間が、躊躇なく仲間を殺していく光景。


「……こんな」


 アリスト教徒の一人が慄きながらつぶやく。


 一方、アシュは愉快そうに息絶えたアリスト教徒たちに闇の光を与えていく。


「はははははっ! ほらほら、どうした? 早く君たちの仲間を殺さないと。殺されるぞ、君の仲間たちにね」


「……貴様は


 一人のアリスト教徒が吐き捨てるようにつぶやいた。まだ、若く明らかに未成年だったが、精悍な顔つきをしていた。


「……」


 その言葉に闇魔法使いの表情が途端にこわばった。


「貴様は化け物だ。絶対に生かしておくわけにはいかない」


<<炎の徴よその偉大なる姿を愚かなる者に示せ>>ーー炎の印ファイア・スターク


 瞬間、大炎がアシュに直撃する。しかし、その身体が黒焦げになろうと、闇魔法使いの歩みは止まらない。


「……言葉とは裏腹に、どうせ駄目だと思っているのだろう?」


 全身に血が噴き出しながらも、そのアリスト教徒の方向に歩き続けるアシュ。


「あ……う……」


「ところで、君は……今、僕になんと言ったのかな?」


<<雷の徴よその切なる怒りを地を這いし者へ示せ>>ーー雷の印エレ・スターク


 雷の光球が放たれ、アシュに直撃する。一瞬にして身体が感電し狂ったように倒れこむ。しかし、すぐに再生して立ち上がり、その歩みは止まらない。


「なあ……君はさっきも僕に言ったよな? 僕は記憶力はいい方なんだ。僕を見て、君はなんと言ったんだ?」


 アシュは彼の手前で止まり、首を傾けて大きな目を見開いた。


 すでに、生き残りはその男だけになっていた。左右からかつて彼の仲間だった死体が腕をつかみ動きを封じる。



「くっ! キリス……セノハ。離してくれ! ああ、何度でも言ってやる。貴様は人間じゃない! 化け物だ! 化け物! 化け物! 化け物!」


「……黙れ―――――――――――――!」


 アシュは、男の胸倉を掴んでそのまま馬乗りになった。思いきり拳を振り上げ、殴った。途端に、手の甲から血が噴き出して、骨が突き出す。しかし、アシュはその手を止めずに、何度も殴る。何度も何度も。


「僕は人間だ! 僕は人間だ! 僕は人間だ! 僕は人間だ! 化け物? 馬鹿を言え! 僕を化け物呼ばわりするのか! 一度ならず二度までも! 人間じゃない!? 人間の定義はなんだ! おい、人間の定義を言ってみろ! だいたい、貴様らはなんだ! 僕を寄ってたかって殺そうとしやがって! 僕がやってることとどこが違う! おい、聞いてるのか!」


「……」


「なんとか言え! 答えられないだろう!? お前らと僕との違いなんかない! 僕は人間だ! 僕は人間だ! 僕は人間だ! 僕は人間だ! お前らと同じ醜い人間だ! 化け物なんかじゃない! 僕は人間だ! 僕は人間だ! 僕は人間だ! 僕は人間だ! おい! 聞いてるのか!」


 すでに、アリスト教徒の意識はなかった。それでも、アシュは殴るのをやめない。


             ・・・


 約10分間、その男は殴られ続けたが、死んではいなかった。やがて、アシュは殴りつかれたのか立ち上がって、フラフラと歩きだす。


「……ふふふふ、僕は人間だ……僕は人間……ほらな、こんなに血が赤い……僕は人間……僕は……僕は……うおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 大きく咆哮をあげるアシュ。


 横たわったまま気絶しているアリスト教徒は、意図せずアシュの心の逆鱗に触れ、唯一生き残った。アシュには、殴り続けたとしても人を死に至らしめるほどの筋力はなかった。


 アシュ=ダールは人間か? 


 それは、アシュ自身が内に抱えている命題だ。老いることも、死ぬこともない。彼の頭脳は、否定する。もう、己が人間ではなくになったと結論を下す。


 一方、彼の心は肯定する。その心が喜怒哀楽を感じるから。感情があるから。彼は自らの心にそう自分に言い聞かせて人間を定義する。


「ああ……もうこんな時間か……授業にいかなくてはな」


 やがて、平静を取り戻した闇魔法使いは地面に落ちていたシルクハットをかぶり直し、ホグナー魔法学校の方角へ歩いて行った。

 

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