協力
数秒間、その口づけは続きジュリアはゆっくりと唇を離す。
「まさか……こんなにも騙されやすいなんて。まるで、喜劇ね」
「ああ。見事に騙されたよ。君がこんなに積極的な女性だなんて。まあ、僕にとっては願ったり叶ったりだが」
そう言いながら、2度目のキスを狙うアシュの間にジュリアの手の甲が入った。
「……本気? それとも余裕? 私程度の魔法使いがあなたを脅かすことはないと思って」
「もちろん本気さ。そして、紳士たる者いつでもある程度の余裕は備えておくべきだと考えている」
そんな風に答えるが、キスを拒絶され内心膝がガクガクなアシュである。あれ、どっかマズかったかな。キスなんて久しぶりだから……ガッツき過ぎたかな、とか。しかし、それをおくびも出さずに非モテ魔法使いは不敵な笑みを浮かべる。
「……でも残念ね。あなたは、もうすぐ死ぬの。その自らの過信と共に」
そうジュリアが手を挙げると、十数名のアリスト教徒信者が周りを取り囲む。
アシュ、やっと囲まれていることに気づく。彼は一点集中型である。1つの物事を深く学ぶ研究者タイプ。なので、様々な状況を察知しなくてはいけない戦闘には絶対的に向かない。
「ふっ……ジュリア。どうやら、僕たちの語らいを邪魔する輩が来たようだよ」
彼は騙されていたことを認めない判断を下した。敵を華麗に格好良く倒したら、まだ挽回のチャンスはあると。
「……とんでもない阿呆ね。こんな奴に、彼が殺されたなんて本当に許せないわ」
「彼?」
「ケリー=ラーク……彼は、この教会で一緒に育った兄よ。そんな彼が……あなたみたいな人に……」
ジュリアは、話しながら息切れをし出した。
「大丈夫か? かなり、気分が悪いようだが」
「ふふ……この後に及んで敵の心配? 本当に自信家なのね。私のことは……もう心配しなくても……死ぬから。そう言えば……分かるわよね?」
「……契約魔法」
アシュの表情が一瞬にして暗くなる。
「……正……解……やっとその忌々しい余裕顔を歪められて……嬉しいわ。アシュ……ダール」
そう言い終わった途端、大量の血を吐いて倒れるジュリア。
アシュは、ゆっくり彼女の元へ駆け寄って抱き上げる。
「……天国には行けないわね」
ジュリアはアシュの顔を眺めて微笑む。
「君は……馬鹿だな。彼など忘れて、好きに生きればよかったのに」
「……ふふっ……あなたには……わからないわよ」
「……」
「ねえ……差し支え……なければ……教えてくれ……ない?」
「……なにかな?」
「彼は……最後に……何と?」
「……ジュリアと。彼は最後、そう言っていたよ。彼も、何人も殺したのだから、僕を殺した君と地獄で会えるかもな」
「……ふふっ……ふっ」
「何がおかしいのかな?」
「やっぱ……り……あな……は……嘘が……へた……」
ジュリアの身体から力が抜け、その両手が地に着いた。アシュは、少し彼女の顔を眺めながらゆっくりと彼女の身体を地面につけた。そして、立ち上がって自分の掌を見つめた。
「……やはり、使えないか。彼女は素晴らしい女性だったな」
アシュは低く笑った。
契約魔法で、ジュリアはアシュの魔法を奪った。それは、魔法使いの力量ではなく代償によって左右される。彼女は、彼女にできる限り最も強力な方法で闇魔法使いの魔法力を封じた。
彼女が最も憎い相手に、己の命を懸けて、初めての口づけをした。彼女が22年間、1人の男性を想い守り続けていた純潔をアシュに捧げた。
「ジュリア……よくやってくれた」
アリスト教徒の1人が涙を流してそうつぶやいた。
「憎しみというのは、愛に似ているな……そうは思わないか?」
特に抵抗するでもなく、アシュはつぶやく。
「なにを言っている?」
アリスト教徒たちはアシュの周りを取り囲んで、一斉に両手をかざす。万が一にも標的を逃さないために。
「彼女は……僕のために。僕のためにその命を絶ったのだ。僕を殺したいほど想って。僕を殺したいほど憎んで。なんて狂おしいほどの激情だろうか。そうは思わないか?」
アシュの口元は歪み、喜びに打ち震えていた。彼女の力で、すでに魔法は使えない。彼女が全てを注いだ力で。彼女が命をかけた力で。
「……貴様はやはり、狂っているな。その存在が欠片も残さぬほどに焼き尽くしてやる」
<<哀しき愚者に 裁きの業火を 下せ>>ーー
一斉にアリスト教徒から放たれた二属性魔法は、たちまちアシュを焼き尽くした。
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