星
ミラが気絶したシスを背負って保健室へ向かう一方、アシュはライオールの元に戻った。
もはや時間はほとんど残っていなかったので、ダメ元でトライしようと多くの生徒が属性変換の課題を受けるために並んでおり、ライオールはそれをニコニコしながら眺めていた。
「調子はどうだい?」
アシュが尋ねると、ライオールは首を横にふる。
「成功させた者はリリー=シュバルツの他に3名です」
「ふむ……君の生徒たちは、君に似て頭が少し固いようだな。まあ、その固い頭の筆頭株であるリリーが成功させたのだ。彼女の才能は認めるべきだな」
そう述べて、手を叩き試験終了の合図をした。
「さあ、諸君。みんな集まったね。じゃあ、答え合わせをしようじゃないか」
アシュはそう叫ぶが、多くの者は表情が暗い。結局、リリーが熱血指導で教えた生徒も放つことはできなかった。
「……あの、アシュ先生。まだ、シスがいないんですけど」
リリーがおずおずと手を挙げる。
「彼女は、体調が悪くなってね。今、ミラが保健室に連れて行っているよ」
「えっ!?」
「なんだ、気になるのかい?」
「……いえ、そういうわけじゃ」
リリーはごにょごにょと歯切れの悪いことを口にする。
「なんだ、いつものような君の偽善か。よしたまえ、心配するフリは」
「ぐっ……」
「では、答え合わせを――」
「せ、先生!」
「なんだね! 君はうるさいなぁ。自己中心的な君にはわからないかもしれないが、君だけのために授業があるんじゃないんだよ」
「その……トイレに行かせてください」
その一言に、アシュは思わず額を抑える。
「我慢できないのかね?」
「……はい」
顔を真っ赤にしながらうつむく年頃の女の子に対し、
「諸君! リリー=シュバルツ君は急で我慢のできないほどの便意を催して、授業を抜けます。さあ、リリー=シュバルツ君。ゆっくりと行ってきたまえ」
大声で、生徒たちの前で叫ぶアシュ。
「ぐぐぐっ……あ゛り゛がどう゛ござい゛ま゛ず」
歯を食いしばりながらお礼を言って、猛ダッシュで走り去る。
「まったく……さあ、答え合わせをしようじゃないか。属性変換とは、なにか。まずはそれから紐解いていこう」
*
属性とは、魔力の発するエネルギーの種類のこと。
属性魔法は木火土金水の5属性がその代表格である。よく、この関係性を
配置、相関としては下記のようになっている。
配置
木
水 火
金 土
相克
木⇒土⇒水⇒火⇒金
相生
木⇒火⇒土⇒金⇒水
また、例えば火、水のように相克関係にある属性を変換した際に、莫大な力を発揮することが知られている。しかし、その難易度は通常の属性変換を行うより難易度、魔力が高いとされ、コストパフォーマンスに合わないとされるのが一般的な見解である。
*
「まあ、これが僕の見解であるが、属性変換はそんなにも難しいことかな?」
その問いに、生徒たちは困惑する。
「……実際、難しかったです」
1人の生徒が不満を漏らす。
「そうか……しかし、君たちは実は容易に属性変換をする術を持っているということは知っていたかな?」
アシュがそう言うと、生徒たちの視線は彼に集中した。
「これは……昔、僕がやっていた遊びなんだがね。ちょっと、君。来てくれないか?」
アシュは手招きして、さっき不満を口にした生徒を近くに来させた。そして生徒の右手に優しく掌を添える。ちなみに、女子生徒である。
「あの木に向かって炎は出せるかな?」
「……それくらい出せますよ」
少し、心外そうに生徒は魔法の詠唱を始め、
<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー
生徒の両手から火が飛び出し目標に向かって飛翔するが、やがてそれは水に変化し木がびしょ濡れになった。
生徒たちは唖然としながらその光景を見守っていた。
「ふぅ、久々だったが上手くやれたようだね。威力は……まあ、
アシュがそうつぶやくと、生徒から「どうやってやったんですか?」と質問が飛ぶ。
「見ての通り、非常に簡単だ。彼に直接魔力を注いで水の魔法を念じたのさ。魔力量の調整にはコツがいるが、単独で属性変換を行うよりはかなり簡単にできる」
そう話すと、周囲がざわついた。
「そんなの……教科書には載ってませんでした」
別の生徒が口にした。
「君は教科書に載っている魔法が、大陸に存在する魔法の何パーセントを占めているか知っているかな?」
「……1パーセントくらいですか?」
予想通りの答えに、闇魔法使いは得意満面に首をふる。
「不正解。0.0001パーセントと言われている」
そう答えると、生徒たちはまたしてもざわついた。
「もっと多く存在するという専門家もいるくらいだ。つまり、教科書に載っていない魔法など星の数ほどあるということだ。さて……教科書に載っている魔法の文言を暗記しているであろう君たち。君たちがホグナー魔法学校で過ごした何年間でいくつの魔法を覚えることができたかな?」
アシュがそう周りを見渡すと、半分くらいの生徒が下を向いた。魔法は、
「わかるね? 君たちがより多くの魔法を覚えたいというのなら、暗記はオススメしない」
「なら……どうすればいいんですか!?」
苛立ったように1人の生徒が立ち上がって叫んだ。
「さあ。どうすればいいのか、考えたまえ」
アシュはいたずらっぽい笑みを浮かべながら答えた。
「そ、そんな!? あなたは先生でしょう?」
非難がましく訴える生徒に、
「そう。僕は先生だ。だが、君のママじゃない」
と二の句を封じた。
「……」
「自らが出す答えは、すでにある答えよりも未熟である。しかし、すでにある答えよりも面白く美しい……『デニール=サエィ』」
「……」
「君たちは、自分で考える頭がある。自分たちで動く身体がある。考え、動かしたまえ。そして、ぜひ僕を驚かせてくれ給え」
「……」
生徒たちは何も言わなかった。しかし、確実にアシュの言葉は彼らを捉え、一語一句聞き漏らすことはなかった。
やがて、ミラが戻ってきた。
「おかえり。君にも僕の華麗なる授業を聞いていてもらいたかったな」
アシュが満足そうに口にすると、
「そうですか。まあ、無駄ですが」
そう無表情でつぶやくミラ。
「無駄? どういうことだい?」
「アシュ様がどれだけいい講義をしたとしても、あなたへの好感度はあがることはありません。逆にあなたがどんなに下手くそな講義をしても、あなたへの好感度はこれ以上下がりません」
「……ふっ。相変わらず君のジョークはエッジが効いているな」
アシュは震える手で、ミラが注いだダージリンを口にした。
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