003
「ハイそこ! イチャイチャしない! くっつきすぎ。手はつないでもいいですがキスはダメ! それからそこのふたり、そっちには何もありませんよ? そんなひとけのない場所へ行って、いったいナニをするつもりですか? ダメですからね。警備班の目の黒いうちは、校内での不純異性交友は認めません。学校の敷地外に出てもダメ。いいですか? 今は合宿中だってコトを忘れないでください」
マユリは夜の校内をパトロールしながら、スキあらばイチャつこうとするカップルどもに警告していく。
文化祭1日目が終了した。だが2日目の準備で、今夜もみないそがしそうに働いている。設営班は今日使用されたスリッパを雑巾でキレイに磨いている。ステージ班は明日のスケジュールの確認とリハーサル。ゲート班は明日終了すれば解体するゲートに、さらなる手を加えて完成度を高めようと努めている。宣伝班とパンフレット班で会場警備に駆り出される面々は、明日の警備計画の見直しについてピーターから説明を受けている。スリ対策のためだ。ただし、スリが出たコトは明かしていない。
実は警察にもまだ届け出ていない。被害者にも口止めしている。ひとの口に戸は立てられないが、不幸中の幸いというべきか、スリの被害者7人全員が実委メンバーだった。みな月曜まで学校に滞在するので、少なくとも校外に話がもれるリスクは低い。盗まれた分の所持金は、警備班の予算でひとまず肩代わりしておいたし、とりあえず今日明日くらいは心配ないだろう。
もちろん本来なら、これはすぐにでも警察へ通報しなければならない事件だ。しかし、それはできない。少なくともまだその段階ではない。いいかげんセンパイ方に説明してもらわなくとも、マユリはその理由を理解できるようになってきた。もし万が一、スリの正体が三高生であったばあい、警察に逮捕されるのはまずい。文化祭開催中に生徒がスリ事件を起こしたなんてコトになれば、どんな余波があるかわかったものではない。
それにたとえ犯人が外部の人間だったとしてもだ。事態を重く見た学校側が、来年度以降に警備会社を雇おうとするかもしれず、その予算がどこから出るかと言えば、文化祭運営予算から削られる可能性は否定できない。
また、被害者が実委メンバーだったコトも問題だ。彼らがサイフをアッサリ盗まれてしまったのは、連日の徹夜で疲れ切っていたせいもある。これを口実に学校側は準備合宿を、よくて規模縮小、最悪のばあい廃止させようとするかもしれない。ある意味でこの点が一番悩みのタネだった。
ひととおりパトロールを済ませてから、マユリは化学実験室へ向かった。化学部員はすでに帰宅しており、そこを警備班のほかのメンバーが捜査に利用している。
「何か進展は?」
「とりあえず、犯人の目的は金銭目的でないコトがハッキリした」
確かにその可能性は高いとマユリも思っていた。合宿で疲れ切った実委メンバーはいいカモだが、しょせん高校生だ。大金は持ち歩いていない。カネが目当てなら、狙うべき相手はほかにいくらでもいるだろう。とはいえ、断定するには弱いと考えていたのだが。
「犯人の失敗は、よりによって警備班のひとりを標的にしたコトだ」
そう言って、スライトリーは自分のサイフから例の二銭銅貨を取り出した。最初にマユリがもらったのと同じもので、警備班全員に配られているらしい。
「実を言うと、コイツには超小型の発信機が仕込まれてる。いやァ、こんなコトもあろうかと用意しておいて正解だったね」
「いやいやいや! なにふざけたコトぬかしてるんですか! 幸運のお守りとかひとをだましておいて――」
「やめてお願いぶたないでーッ!」スライトリーは悲鳴を上げて、実験台の下へ隠れてしまった。頭をかかえてガタガタ震えている。
「カーリー。ムカつくのはわかるが落ち着け。スライトリーのコトはさっき俺様がタップリ折檻しておいた。それでも怒りが収まらねえなら、今度の件が解決してからで頼む」
「……わかりました」
「いっ、一応言い訳させてもらうと、この発信機から出る信号は弱くて、せいぜい三高の敷地内ギリギリまでしか探知できないから」
「そういう問題じゃないですけどね」マユリはゴキブリを見るような目でスライトリーをにらんだ。
「あ、ハイ。ごめんなさい。……で、この発信機の反応が、学校の裏手にある浅間神社を示してた。それで確認してみたら案の定だ。どうやら犯人は盗んだカネを、賽銭箱に突っ込んだらしい。まさか盗んだカネで神頼みってコトはないよね」
そんなマネをするからには、カネ目当てでないのは明らかだ。ある種の潔癖さすら感じられる。となると犯人の動機は、嫌がらせと考えるのが妥当だろう。ヤツがどこまで計算しているのかは謎だが、実に巧妙なやり口だ。盗まれたカネを賽銭箱から取り戻すには、神社関係者に事情を明かす必要が出てくる。そうなれば当然、警察沙汰は避けられまい。むろん警備班として望ましい展開ではない。
「嫌がらせが目的なら、明日も現れる可能性が高いでしょうね。神社で待ち伏せしたらどうでしょう?」
「上策とは言えないな。喜多院や氷川神社を始めとして、川越にはほかにも神社仏閣が山ほどある。同じ神社に現れるとはかぎらない。そんな淡い可能性に賭けられるほど、ボクらは人手が潤沢でもない」
「ですね……」
「そんな暗い顔しない。捜査の進展はもうひとつあるんだ」スライトリーは赤い粉の入った小瓶を振って見せる。「こいつは竜血樹の粉末だ。アルミニウム粉末のほうがはるかに安上がりなんだが、ボクはあえてこっちを好んで使ってる。この粉末を使って、盗まれたサイフの指紋を残らず調べ上げ、ひとつひとつ照合してみた」
「つーかてめえスライトリー! そこはパソコンで自動解析とかするトコだろ! なんで肉眼で確認しなきゃならねえんだ!」
「そういう解析ソフトは値が張るし、マシンスペックもかなり必要なんだ。さすがにボクのPCじゃムリ」
「百歩譲ってそれはしかたねえとしても、てめえだけ指紋採取だけで、照合は俺様たちに丸投げしやがって」
「けっこう繊細で疲れる作業なんだよ。まァボクは慣れてるからアレだけど――それで指紋を照合した結果、すべてのサイフから同一人物の指紋を検出した」
「それってつまり、犯人の指紋?」
「そう考えるのが理屈に合っているだろうね。ボクは三高生の指紋を個人的にコレクションしているんだが、それらと照合すれば、少なくとも犯人が三高生かどうかはハッキリするハズだ」
「今サラッとヤバイコト言いませんでした?」
スライトリーは指摘をムシして、「これから夜通しで照合作業に入ろうと思う。そこで問題だけど、警備班の人員のうち何人を作業に当てようか?」
人数が多いにこしたコトはないだろう。多ければそれだけ、早く照合を進められる。しかし、もし三高生に犯人がいなかったばあい――そのほうがよろこばしくはあるが――まったくのムダ骨で終わってしまうコトになる。いや、それ以前に三高生は1000人以上いるのだ。運が悪ければ今夜じゅうどころか、1週間かかっても照合が終わるかわからない。かと言って、ほかに何の手がかりもないまま、照合作業以外に人員を割くのも下策だ。
「カーリーの言うとおり、犯人が明日も現れる可能性は非常に高い。指紋照合で今夜じゅうにケリがつかなかったばあい、そちらにも備える必要がある」
ピーターが会議から戻ってきた。「明日の会場警備に当たる人員に、今日は家庭ゴミを持ち込もうとしたひとがいたから、ゴミ箱に不審物を捨てる人間がいないか注意するよう言いふくめておいた。これで犯人もカンタンには盗んだサイフを捨てられないだろう。所持しているところを確保すれば言い逃れできない。それにサイフはかさばるから、スリをおこなう回数も抑制できる」
「でもゴミ箱を警戒したって、今度はそのへんに置き去りにするんじゃないですか? そしたら意味ないんじゃア――」
「人目の多いところで忘れたフリというのは、案外上手くいかないものだよ。そういうときにかぎって不思議なコトに、かならず親切な人間が見ていて、落としましたよと知らせてくれるんだ。本人にとっては悪夢以外のなにものでもないだろうが。だからこそ犯人はそれを危惧して、ゴミ箱を利用したとも考えられる」
スリへの警戒を一般警備スタッフにある程度まかせられるなら、警備班の人員を指紋照合へ専念させる余裕はある。とはいえ、スリばかりにかかずらうワケにもいかないから、全員はさすがにムリだ。
ピーターは数秒考え込んで、「トゥートルズ、カーリーは交代で今夜の不寝番、明日は会場警備で不審者の捜索と発信機の信号確認。スライトリー、ツインズ、ニブズは徹夜で指紋照合に専念、照合が完了するか、現場の状況しだいで会場警備に合流してくれ」
ニブズはウンザリした様子で、「マジかよ……あらためて考えてみたら、三高生約1200人かける手の指が10本だから……」
「ダメだニブズ」「それ以上はいけない」「深く考えたら手が動かなくなる」
「犯人はたったひとり……うげえ……」
「それと、神社での待ち伏せも念のため用意しておこう。マーメイドに協力を要請する」
ルナは屋上にいるというコトなので、マユリが会いに行ってみると、「お手」「ワン!」「おかわり」「ワンワン!」「おすわり」「クーン」「ちんちん」「ハッハッハッ」「待て――よし!」「ワオォーン!」「おー、よしよしよし!」
彼女はあろうことか、萌芽を飼い犬のように手なずけていた。マユリを取り合って決闘していたハズのふたりに、この数時間でいったい何があったのか。
「ここにニブズを連れて来ないでよかった……」
というか、部外者を学校に泊められないし、そもそも女子中学生を夜遅くまで遊ばせておくのは教育上よろしくない。篠崎家家政婦の春木に連絡して、クルマで迎えに来てもらった。
マユリが待ち伏せ作戦の概要を伝えると、ルナは当初乗り気ではなかった。現れるかもわからない犯人を、丸1日ひたすら待ち続けるのだからムリもない。
しかし、「コスプレ?」
「ハイ。ただ待ち伏せしてもおもしろくないって、ピーターが。どうせなら犯人をビビらせてこらしめようって」
マユリは1枚の写真を見せた。そこには去年の文化祭で、ピーターが仏像に扮装した姿が写っている。
「この格好で、神社の社殿に隠れるの?」
「ホントは寺なら完璧だったんですけど。まァ神仏習合ってコトで」
仮装は布を1枚巻きつけただけで、ほとんど半裸のような状態。胸元が大きく開いていて、男子ならばともかく、女子が着るにはかなり危うい露出度だ。
「イイわね。すごくイイ――。ぜひやらせて」
文化祭の夜はふけていく。
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