007

 家に帰っても、明日学校へ行くまで無為に過ごす気はない。マユリはリビングのソファーに寝転がって、小難しそうに顔をしかめながら、ネットの試聴で目についた曲を手当たりしだいに聴いていた。例の口笛の曲を見つけるためだ。何の手がかりもない以上、砂漠で砂粒を探すようなものだが。それでもやらないよりはマシだろう。

 あの曲はクラシックというカンジではなかった。どちらかといえばロックっぽいように思う。曲調からして最近の邦楽とは違う。おそらく洋楽、ひょっとしたら相当古い曲かもしれない。

 マユリが顔をしかめながら聴き入っていると、「ひどいツラだな。せっかくの美少女が台無しだぞマユリ」

「明智先生」

「オイオイ、さすがに姉さんの前でその呼びかたはやめてくれ」

 マユリの母はキッチンから、「アラアラ、いいじゃない準一郎。そのトシで叔父さん呼ばわりよりは」

「姉さんまで。まったく……」

 明智準一郎はマユリの母の弟――つまり叔父にあたる。マユリの母とは歳が離れており、まだ26歳。彼が幼いうちにマユリの祖母が亡くなったため、姉というよりは母親代わりに近い。現在はマユリのうちで下宿している。

 そしてパンフレット班のインタビューで答えたとおり、彼もまた三高OBだ。また実委OBでもある。

「で、いったいなんでそんなに難しい顔を?」

「実はね……」マユリはこれまでのいきさつを語った。OBである明智なら、何かわかるかもしれない。

 明智は深々とうなずいて、「ナルホド。だいたいわかった」

「ウソ! ……ホント?」

「ああ。おまえの鼻唄はオンチすぎて、元の曲の原型をまったくとどめていなかったが、犯人の正体はおおよそ推理できた」

「すごーい先生! 一言多いけど。……それで、犯人は何者なの?」

「悪いがそれは教えられん」明智は無慈悲に告げた。

「えー、なんでよォ? べつに教えてくれたっていいじゃんケチ!」

「けど小林が口止めしている以上、おれが勝手に言うワケにはなァ」

「チキショー、そこはだまっとくんだった」

「コラコラ言葉が汚いぞ。女の子がチキショーとか言っちゃダメだ」

「その言いかたは時代錯誤だよ先生。今や三高が共学化したのに」

「おっと、そいつは悪かった」

 マユリはため息をつく。「先生が助けてくれないんじゃア、こりゃアいよいよヤバイかもなァ。……こうなったらヤッパリ、明日の部活動見学はサボるしかないかも」

 すると明智はいぶかしげに、「タイムリミットが迫ってるからって、サボるのはよくないぞ。部活動見学は原則参加のハズだ。小林だってきっとイイ顔はしない。そんなに特うな重が食べたいか?」

「わたしそこまで食い意地張ってないから! ……まァそれはそれとして、部活動見学の件はダイジョーブだと思う」

 マユリはニブズから提案された作戦について話した。

 するとなぜか、みるみるうちに明智の表情が険しくなっていく。

「ど、どしたの先生?」

「マユリ……小林が手助けを禁じたのは、放っておいてもおまえが真相にたどりつけるコトがわかってたからだ」

「わかってた? 信じてたじゃなくて?」

「そうだ。ただし、おまえが三高生としてふさわしい生活をしていたらのハナシだが」

 その言いまわしには聞き覚えがある――そうだ。トゥートルズが授業やそれ以外の行事をサボらないようクギを刺してきたとき、確か同じようなコトを。

「だがこのままだと、マユリがタイムリミットまでに真相を知るのは、不可能になるかもしれない」

「それって、わたしが三高生として不適格だって意味?」

「そうは言ってない。ただ、アンフェアだと言いたいんだ。きっと小林の本意でもない。だからほんの少し手を貸してやる」今度はニブズの言葉とソックリだ。「いいか? あらためて考えてみろ。ニブズはおまえにとって敵か味方か?」

 ちょうどニブズのコトを思い出していたタイミングで名前が出たので、マユリはドキリとした。

「敵か味方って――まァ確かにニブズは有り体に言ってイヤなヤツだし、仲がいいワケじゃないけど――むしろ悪いけど、一応は同じ警備班の仲間だし」

「いや、そこまでの話はしてない。そうじゃなくて、あくまで今回の事件にかぎってだ。思い出せ。もしおまえが事件を解決できた場合、ニブズはどうなる?」

「えっと、トゥートルズとわたしに、特うな重をおごらされる?」

「そうだ。ただし、ニブズがマユリにとって敵か味方かと言えば、間違いなく敵かもしれないが、厳密にいうとおまえはギャンブルの対象に過ぎない。ニブズにとっての敵は、あくまでトゥートルズなんだ。まァ、ニブズに対して同情しないでもない。話を聞くかぎり、彼はトゥートルズにハメられたんだ。自分でも気づかないうちに、ほぼ確実に負けるギャンブルをやらされたようなものだから。正直、相手がマユリじゃなければむしろ応援したいところだ」

 そういえば、トゥートルズには何やら勝算がある様子だった。

「さて、そんなニブズが今日になっておまえに接触したコトには、いったいどんな背景があると思う?」

 そんなコトは火を見るより明らかだ。きっと遅まきながら、トゥートルズの勝算に気付いたのだろう。このままでは敗北必至だと。

 ならばどうするか? ただ手をこまねいて、見ているだけか? いや、おそらくニブズはそういう潔いタイプではない。たとえどんな手を使ってでも勝ちたがりそうだ。

 そして、そのために彼が取った行動は――

「あとはみなまで言わなくてもわかるだろ?」

「うん! 先生ありがとう!」

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