第38話 受け継がれる志/電磁バリア連続体当たり
分子分解爆弾の残滓が地球の周回軌道を覆っていた。スペースデブリと沈んでいく〈アゲハチョウ〉を分解しながら。最後に発射された主砲は、まるで遺言のように宇宙の暗闇を突き抜けていった。
五光は巨大DS――〈グレートリセット〉と交戦しながら絶叫した。
『なぜだぁあああ――――っっ!』
なぜまた分子分解爆弾で誰かが死ぬのか。
バックギャモンに続いて艦長まで失ってしまった。
あんな誰も得をしないどころか、人類すべてが不幸になる兵器が、どうして頻繁に発動するのか。
『デルフィン! お前だけは絶対に仕留める!』
五光は電磁バリアに弾かれるとわかっていてもプラズマ機関砲を撃った。撃たないと煮えたぎる感情を制御できないと思ったから。
『どうやって倒すのか、そんな貧弱なDS1機で』
デルフィンの巨大DS〈グレートリセット〉は、内蔵火器であるプラズマ拡散砲で、手近な宇宙艦を撃墜した。たった1隻の艦船が撃沈するだけで、数百人から数千人の命が失われる。この戦いだけで何隻も撃沈したので感覚が麻痺しつつあるが、分子分解爆弾による大量破壊を除いたら二十二世紀における戦死者数のナンバーワンの戦いだろう。
宇宙艦隊は、すでに当初の三分の一にまで減っていて、壊滅の危機に瀕していた。すべての破壊をもたらしているのは〈グレートリセット〉だ。こいつを早々に倒さないと宇宙艦隊は壊滅して帰るところがなくなってしまう。
倒す手段――赤外線誘導によるアンチ電磁バリアミサイルは有効かどうか考える。
だが有効とは言いがたい。たとえロックオンできたとしても、巨大DSは見た目と違った機動性が高いから、かなりの確率で回避してしまう。運よく当てられそうになってもプラズマ拡散砲で撃墜されるだろう。
スティレットが年上の憲兵らしく適切な答えを導いた。
(手段はひとつだけ。艦長が残してくれた複数の尻尾を使って、電磁バリア連続体当たりね。ROTシステムも同時に使えば、絶対に敵の電磁バリアを貫けるわ。そのまま巨大DSを分解してしまえばいいのよ)
連続体当たりで電磁バリアを突破して、そのまま本体も削ってしまう。
完全な力技だ。
もっとスマートに倒したかったが〈アゲハチョウ〉を失った今、他に方法がなさそうだ。
ならば艦長が残してくれた自走台車を手に入れる必要があった。巨大DSと戦闘しながら。
しかしデルフィンは見逃さない。
『狙いが読めたぞ霧島五光。自走台車に大事なモノが積んであるな』
プラズマ拡散砲が紫色の光をばらまいた。
『ふざけるな。分子分解爆弾を失ってまだ勝てると思ってるのか。政治的には負けたろう』
五光の〈Fグラウンドゼロ改〉はコウモリの翼をはためかせて自走台車を目指した。プラズマ拡散砲の粒子はスティレットに後方監視を任せることで回避していく。二人三脚であった。
『勝利など、もはやどうでもいい。人類は滅ぼす。そう決めた』
デルフィンは進路を邪魔する無人DSまで超大型プラズマブレードでなぎ払ってしまった。
『いったいなにを……お前はなにをしてるんだ』
五光は背筋に冷たいものを感じた。デルフィンから得体の知れない狂気を感じた。これまでも狂気を感じたが、今日のデルフィンはさらに狂っていた。ただの狂人ではなくて、理性と暴走の狭間をブレーキなしで突っ走っているイメージだ。
そんなやつが背後から迫る――九州の進化したケモノに追われるイメージと重なった。
『信じるかな霧島五光。分子分解爆弾の発射、あれは部下が勝手にやったんだ』
デルフィンが民謡を歌うような調子でいった。
『無責任な上司の常套句だな。そうやって部下を切り捨てるんだ』
『はっはっはっはっは! 言葉面だけ見ればまさにそうだな。だがこれで信じるだろう』
巨大DS〈グレートリセット〉はすれ違いざまに宇宙艦を掴むと、ブリッジを握りつぶしてから――なんと月面都市に向けて投げ飛ばした。
全長150メートルの艦は、たとえ誘爆を引き起こさない構造であろうとも、存在するだけで質量兵器になる。山から崩落した岩石ひとつで一軒家を軽々と潰せる――それの何百倍も巨大で重い生体金属の塊が空気抵抗もなく落下する――都市なんて一発で壊滅だ。
だが本来の月面都市は、この手の“落下物”に対する防御手段が整っていた。都市用の強力な電磁バリアだ。たとえ艦船が落下しようとも瞬時に分解するだろう。
しかし――誰かが悲劇を狙ったように電磁バリアが解除された。
月面都市が混乱に陥った。
「な、なんでバリアが消えたんだ」「都市運営はなにをやってる」「みんな逃げろ! 社長が自分の権限でバリアを解除した、我々は社長に見捨てられた!」「逃げるって……どこに?」
質量兵器と化した宇宙艦が、華々しい文化を誇る月面都市のど真ん中に落下した。
ドーム型の屋根が爆ぜて、空気が漏れて、生身の人間たちが宇宙空間へ吸い出されていく。宇宙服やパワードスーツなんて着ていないので体内の水分を失ってミイラ化していく。なかには気圧の急激な変化によって血液と内臓が沸騰して破裂する人もいた。
そんな惨状を生み出しながら、さらに質量兵器と化した宇宙艦は高層建築をなぎ倒しながら落下を続け、都市の地盤に激突――まだまだ十分に残っていた空気が衝撃波を生み出して、道路の乗り物や人間たちがDSに殴られたみたいに潰れた。地盤は崩壊して建築物という建築物が横倒しに――頭上から落ちてくる瓦礫や、地盤の亀裂に挟まれて死亡する人が相次いだ。
栄華を誇った月面都市は、一瞬で荒野に成り果てた。
諸行無常の響きあり――平家物語の一節が次々と浮かんでくる。
五光は機体を操縦しながら深呼吸した。デルフィンが味方であるはずの月面都市を壊してしまったことが信じられなかった。
『デルフィン、お前は……なにをやってるんだ?』
『人類すべてが滅びたほうがいいと思ってね』
巨大DS〈グレートリセット〉の全身からプラズマ拡散砲が火を吹いた。たったひとりでお祭りを開催したように宇宙空間が光り輝く。
『なにを世迷いごとを! そんな過激なことをいってかっこいいと思ってるのか!』
五光は戦闘機のパイロットのごとくロールを意識――拡散するプラズマ粒子を縦回転で回避しつつ、自走台車へさらに近づいた。
『君たちのやった地球統合政府も過激なのだよ。今ある形を完全に変えたのだから』
超大型プラズマブレードが懐中電灯の光みたいに伸びた。
『お前たちが貧富の格差を拡大しつづけたからだろう』
懐中電灯みたいに伸びてくるプラズマ粒子の光を、スティレットが観測――(五光くん後ろ! って見えてないならあたしが!)――2本の節足マニュピレーターでプラズマブレードを握ると、敵の規格外の斬撃を斜めの方角へ受け流した。
『企業の経営者たちの意思ではなく、地球の構造の問題だったのだろうな。意志の強い人間ほど、自らの選択で動いていると思いがちだ。しかしほとんどが状況と環境の変数に入力された値に従ったにすぎない』
プラズマ拡散砲が五月雨のごとく飛び交うようになった。もはや砲身の冷却やプラズマ兵器の使いすぎによるオーバーヒートなんて考えていないらしい。
『お前が月面都市を破壊したのも、環境の結果だっていうのか?』
五光はひたすら回避に集中した。自走台車の位置を掴む作業をスティレットに一任してしまう。
『そうだ。君が私を止めようとしているのも環境の結果だ』
『そんなことは、ない!』
『陰謀に踊らされた人造人間がいっても説得力はないぞ』
『俺は俺だ。霧島五光だ』
『私も自分の意思を肯定したかった。だが違ったのだ』
『違わない!』
『ならばすべての尻尾を失って嘆くがいい』
巨大DS〈グレートリセット〉の超大型プラズマブレードが自走台車に迫った。
五光の〈Fグラウンドゼロ改〉では間に合わない距離と角度だった。
万事休す――だが超大型プラズマブレードを受け止めるDSがいた。
御影の〈リザードマンキング〉だった。2本の通常サイズのプラズマブレードを頭上に交差させると、自分の機体よりも巨大なプラズマ粒子を受け止めた。
『急げ軍曹! 艦長の残したものをちゃんと拾え!』
いくら〈コスモス〉のパーツでパワーアップしていようとも、敵は規格外の〈グレートリセット〉だ。受け止めてどうにかなるものではなかった。押し切られてしまうのは時間の問題だろう。
だが時間を稼いでもらえた。五光はひたすら急いだ。敬愛する隊長が溶けてしまう前に自走台車を掴もうと。
『御影春義、そんな普通のDSでなにができる』
デルフィンが〈グレートリセット〉の総合出力を上げた。超大型プラズマブレードの出力が上昇して紫になる。もはや武器の使い捨て覚悟らしい。超大型プラズマブレードの柄は高熱で融解をはじめていた。
『オレがダメでも軍曹がどうにかする。あいつは一人前の戦士だ』
御影が吼えた。
『本当は最初にお前を殺したかったのだがね、人類すべてを滅ぼす気になった今、順番などどうでもよくなった』
なんと巨大DS〈グレートリセット〉の胴体に――立方体が一個だけ隠れていた。それも普通の立方体ではない。なにかが違う。
デルフィンが歌うように説明した。わざわざ説明した。説明しないほうがカードゲームのジョーカーみたいに有効なのに。
『この特別な分子分解爆弾を使えば、たった一つで南半球が平らになる。現在の地球は南半球しかまともに機能していない。意味はわかるな?』
実質人類は滅んで、北半球を支配する動物たちの天下になる。
生き残った人類は、この宇宙空間を飛び交っている兵士だけ。
御影が激昂した。
『お前、さてはもう企業連合もどうでもよくなったな』
『だから御影春義を含めた人類すべてを殺すというのだよ』
ついに御影の〈リザードマンキング〉が超大型プラズマブレードに押し切られた。
DSと同じサイズの刃物が、整備班お気に入りの王冠に触れた。
『軍曹、受け取れ――っ!』
御影が叫ぶと、アインが手伝った――爬虫類の尻尾が動き出した。
(御影さん。あなたとの付き合い、かなり短かったけど、本当に楽しかったですよ)
御影の〈リザードマンキング〉の尻尾が――艦長の遺した自走台車を掴んで――〈Fグラウンドゼロ改〉へ投げ飛ばした。
ついに五光の手元へ自走台車が届いた。艦長が残してくれた逆転の手段を。
しかし御影とアインと〈リザードマンキング〉は、超大型プラズマブレードに飲みこまれて暗黒世界に塵と消えた。
● ● ●
『隊長――――っっっっ!』
五光は悲痛な叫び声をあげながら自走台車と脳波でリンクした。悲しむ暇はなかった。早くデルフィンを倒さないと地球人類が壊滅してしまう。
『あとは地球人類を滅ぼすだけだな』
巨大DS〈グレートリセット〉は、名前の意味を実行するように、大気圏目指して動き出した。御影を強引に撃墜した代償で、超大型プラズマブレードは壊れていた。だがプラズマ拡散砲はまだいくつか生き残っている。なによりも電磁バリアはまったく出力が低下していなかった。
(あれ見て! 背中からなんか生えた!)
スティレットが巨大DS〈グレートリセット〉の背中を指差した。
なんと旧世紀のロケットエンジンが背中から生えた。あんな熱量を発するものを装備したら、宇宙艦にロックオンされる。だがそんなことおかまいなしで、おびただしい量の熱を発しながら〈グレートリセット〉は速度を上昇させていく。ひたすら重力圏に向かって。
『隊長まで殺しておいて、自爆だと、デルフィン!』
五光が怒り任せに問いかけたのだが返信はなかった。あれほどおしゃべりだった男が一言も返さない。いくらなんでも不自然だ。
すぐ意味に気づいた――〈グレートリセット〉の電磁バリアが一部だけ解除されて、小型の脱出艇が脱出した。デルフィンは安全なところへ逃げるつもりだ。〈グレートリセット〉は大気圏へ向かわせながら。
「あいつ、あれだけ大げさなことを語っておいて逃げ出したのか!」
五光は歯軋りした。あんな身勝手なやつのせいで艦長も隊長も死んでしまった。なんで世の中はこんなにも理不尽なのだろうか。
(サイテーね。どんな悲観論を唱えても、自分だけは除外してるんだ)
スティレットが、あっかんべーとやった。
「人類は滅べ、ただし自分は含まないってことか。卑怯ものめ」
(いかにも偽善と、ご都合主義にまみれたグローバル企業の社長って感じ。あいつが【GRT社】を作ったのは、間違いなく自分の意思よ。だって相性ばっちりだもの)
「とにかく巨大DSを壊すぞ。電磁バリアの体当たりを連続だ」
(尻尾の交換はあたしに任せて、五光くんは体当たりに集中よ)
「俺の経験値を爆発させてやる、ROTシステム・オーバードライブ!」
メインカメラが金色に輝き、リミッターが解除された。全身の放熱板が解放されて、コウモリの翼とリザードマンの尻尾が垂直に立った。宇宙空間でのROTシステムによるリミッター解除は、放熱が素早く行われるため持続時間が延びそうだ。
だが機体の負荷が減るわけではないので、短時間で決着をつけないと地球人類が滅んでしまう。
「まずは一発目!」
反重力システムを機敏に使って一回目の体当たり。〈Fグラウンドゼロ改〉と〈グレートリセット〉の電磁バリアが接触して相殺が発生。ただし現時点だとまだ〈グレートリセット〉のほうが分厚いため弾かれてしまう。
しかし即座に尻尾を切り離して新しい尻尾に交換――その作業はスティレットが節足マニュピレーターで素早く行った。
(二発目、行けっっ――――!!)
スティレットの叫びにあわせて間髪入れず二回目の体当たり。さきほどの相殺で削りきれなかった部分がさらに削れてもうすぐ電磁バリアを突破できそうになる。
だがまだ足りない。艦長が遺してくれた尻尾を、隊長が渡してくれた尻尾を、大切に使うよりも効果的に使うのみ。
「これで三度目の正直だ!」
最後の尻尾に迅速に交換――最大速度で体当たりを敢行。
まるで刀剣の鍔迫り合いみたいに電磁バリアの拮抗が生じた。ついに拮抗するまで〈グレートリセット〉の電磁バリア発生システムがパワーダウンしていた。
(突き抜けろ〈Fグラウンドゼロ改〉!)
スティレットの経験値が加算される――電磁バリアをまとった節足マニュピレーターが伸びて電磁バリアの先端をこじあけた。
ついに電磁バリアを突破。そのまま巨大DS〈グレートリセット〉に体当たり。
本体をえぐってえぐってえぐりまくる。胴体の特殊な分子分解爆弾ごと電磁バリアの体当たりで削っていく。ボクシングのデンプシーロールのごとく体当たりの回転率を高めていく。
やがて胴体の分子分解爆弾からナノマシンが漏れて自壊が始まった。
しかしまだ本体が生きていた。分子分解爆弾も発動が抑制されたかどうかまで判断がつかない。おまけに〈Fグラウンドゼロ改〉も出力が下がってきた。
(重力圏に気をつけて! 反重力システムが弱まってる! これ以上地球に近づいたら、重力に引っ張られて大気圏で燃え尽きるわよ!)
スティレットが地球を指差していた。
さすがにROTシステムを使いながら電磁バリアの体当たりを連続使用するのは無理があったのだ。
機体は全身がオーバーヒートして関節も動力も半壊していた。
「艦長の真似をしたくなかったが」
五光は足元のブラックボックスを外してから、歩兵用のフライングユニットを装着。〈Fグラウンドゼロ改〉には体当たりを続けるように簡素なマクロを入力。
ブラックボックスを抱えて脱出した。
五光とスティレットが宇宙空間を漂うあいだも、〈Fグラウンドゼロ改〉は電磁バリアの体当たりを続けた。やがて巨大DS〈グレートリセット〉と一緒にナノマシンで分解されて、キメラと揶揄された身体は跡形もなく消えた。
五光とスティレットは消滅した〈Fグラウンドゼロ改〉に敬礼した。艦長の〈アゲハチョウ〉と御影の〈リザードマンキング〉が消えたあたりにも敬礼した。
『アインも一緒に消えちゃったな……せっかく仲間になったのに』
五光は歩兵用のフライングユニットで宇宙を飛行すると、さきほどまで尻尾を運んでいた自走台車に乗り移った。簡素な反重力システムが積んであるので、それなりの速度で飛行可能だ。反重力システムさえ無事なら地球圏の重力も怖くない。
(弔い合戦よ。デルフィンに思い知らせてやらないと)
スティレットが狭い運転席でシャドーボクシングを始めた。
『ああ。デルフィンに落とし前をつけさせてやらないとな』
五光は自走台車を運転して、崩壊した月面都市に向かった。
デルフィンの小型脱出艇は、自ら壊した月面都市へ降りたからだ。
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