第27話 フルアーマー・グラウンドゼロ・改

 基地の南側では味方DS部隊が奮戦していた。陸上艦〈アゲハ〉に赤外線誘導を打ち込もうとする敵DSと敵歩兵を押し返しているのだ。


 情報部の分析によれば【GRT社】は他企業のPMCを買収して軍備を増強すると、保有戦力の八割をアフリカに投入したらしい。おそらく正しい分析なんだろう――地平線が敵兵で埋め尽くされていた。


 もはや倒しても倒しても敵が減らない状況だった。


 そんな血で血を洗う最前線を突っ切って五光と御影は〈アゲハ〉へ戻ろうとした。だが味方部隊の銃口がこちらへ向く機会が増えていた。PMCから奪った機体だから無理もないだろう。


『こちらブックメーカーと花札だ。敵の〈ストレンジャー〉を奪って要人を護衛している。誤射するなよ!』


 御影と五光は味方DS部隊へ連絡してから、念入りに識別信号を発信した。危険を承知で武器も捨ててしまって、両手を挙げて無抵抗のサインも出しておく。


 ようやく味方がこちらへ銃口を向けなくなったところで、艦長のメッセージが五光に届いた。


『花札は、強化改修された〈グラウンドゼロ〉で出撃してくれ。今回の作戦は君が〈ヨロイムシャ〉と〈80センチカブトムシ砲〉を叩く要になる。機体はすでにカタパルトにセットしてある。頼んだぞ』


 五光は命令の意図がいまいち掴みきれなかった。


『……まさか俺1人で、ムカデとカブトムシを叩けっていうんですか?』

『正確には決め手になってほしいのだ。敵機に接近するまでは本艦とDS部隊で援護する』


 責任重大であることよりも〈グラウンドゼロ〉の改修内容が気になった。幽霊先輩ことスティレットは無事だろうか。


『花札。死ぬなよ』


 御影の〈ストレンジャー〉はジャンプして〈アゲハ〉のお尻部分である着艦デッキへ入った。


『隊長だって、無理はいけませんよ』


 五光の〈ストレンジャー〉も着艦デッキへ入ろうとした。


 するとアフリカ基地へ逃げこむ宮下首相から通信が入った。


『この戦いで計画は完成だ。君には感謝するばかりだな』


 五光は今になって気づいた。自走台車の運転席に新崎の姿がないことに。


『首相。校長先生はどへいったんです?』

『先に研究所へ向かった。君たちの受け入れる準備を整えるために』


 君“たち”であった。君ではなく、たちである。誰のことを指しているんだろうか。


『俺はあなたを全面的に信用していません。ですが邪悪ではないと思っています』

『新崎大佐も同じ評価かな』

『正直わからないんです。もし結果が最善だったとしても、そこにいたるまでの過程が薄汚れていたら……どう判断していいものか』

『君が若いからかもな。我々のように人生がすでに薄汚れていれば、現実に起きたことを受けとめて解決していくことの繰り返しだから』

『そうやって何人も犠牲にしてきたんですね』

『政治家、というわけだ。では新しい世界でまた会おう』


 宮下首相の自走台車が地下にある整備倉庫へ入れば巨大な扉が閉じた。


 五光は『研究所と君たち』というフレーズを記憶の片隅に追いやると〈アゲハ〉の着艦デッキへ入った。


 懐かしの整備班たちが待機していて、誘導灯で機体をケースフロアへ案内していく。


 機体を歩行させながらコクピットを開けて彼らに声をかけた。


「またROTシステムを使うかもしれません」

「あのでっかいムカデとカブトムシを潰せるなら、また整備してやるよ」

「お願いします」


 五光は奪った〈ストレンジャー〉を空いたケースへ体育座りさせた。コクピットから降りるとケースの作業システムを操作してアームとロープで機体を固定した。


 すぐさまケースを出て、ケースフロアの下層階へ降りていく。


 ふと思った。わけのわからない計画や陰謀など無視して、宇宙のことだけ考えてもいいのではないか? 誰かを犠牲にすることを厭わない大人たちは、敵にも味方にも大勢いた。きっと三つ巴の争いには正義の味方と悪の組織なんてくくりは存在しなくて、どの程度の業を背負ったかの比較なんだろう。今はたまたまグローバル企業の業が深いだけで、時代が変遷していくうちに政府の業が深くなるかもしれない。


 だがどんな理由があろうとも、目の前の責任から逃げるのはナシだ。亡くなったバックギャモンに対する侮辱になってしまう。彼は若者の未来を信じて命を投げ出したのだから。


 必ずムカデとカブトムシを止めてみせる。


 決意を新たにした五光は、ついにカタパルトデッキへ降りた。


 パワーアップした〈グラウンドゼロ〉がカタパルトにセットしてあった。


 ハイイログマの外見は、より粗野で純粋なケモノになっていた。どうやら荒々しい姿を極限まで突き詰めると芸術になるらしい。そしてもっとも特徴的な変化があって、尻尾が追加されていた。ハイイログマの身体に〈リザードマン〉の長所が合体したのだ。


 さっそく強化改修されたコクピットに乗りこんで機体を起動した。


 他のDSと違って、まるで生きている人間のようにわずかに身体を揺らしながら〈グラウンドゼロ〉は目を覚ました――五光の脳に甲高い声が響いた。


(ようやく表に出られた! もっと早く電源入れてよ! ずっと待ってたんだから!)


 葛城スティレットが、コクピットに顔を出した。


「久々に会えて嬉しいよ、幽霊先輩」


 五光はスティレットと握手した――もちろん相手は立体映像だからすり抜けてしまったが。


(まぁ、今日はずいぶんと素直ね。ついにお姉さんのこと好きになったの。一ヶ月も会わなかったら、寂しくてしょうがなかったんでしょう)


 スティレットは自信満々だった。


「異性としてはともかく、人間としてはかなり前から好きだな」


 五光は機体の出力を焦らすように上昇させていく。オーバーホール上がりなので慣らし運転が必要だった。総合出力が上昇したようで、エネルギーゲインの上限が従来型の1・5倍に増えていた。それでいて出力の遊び部分も多めに確保してあるため、極端な動きをやったところで冷却剤の消費も少なくてすむだろう。


(うーん、やっぱり素直じゃないわねぇ。素直に好きっていえばいいのに)


 スティレットはフグみたいに頬を膨らませた。


「だって幽霊に恋しても。そこから先がないだろ」

(なによ! 男って肉体関係のことばっかり! 魂が相手でも恋愛は成立するでしょう! 幽霊に恋するラブストーリーってたくさんあるんだし!)

「そういわれてみると、どうやら俺は葛城スティレットって存在を、肉親に近い感覚で捉えてるみたいだ」

(やっぱりかぁ……あたしもさ、姉と弟みたいだなぁーって。でも大丈夫よ、姉と弟で恋愛しても宇宙が許してくれるわよ)

「宇宙の神様か? 許す許さないを決めるのは」

(あたしが神よ。だって死んでるのに現世にいるんだから)


 機体の慣らし運転が終わった。全体的により五光が動かしやすいようにカスタマイズされているようだ。あとは実戦の中で細かな変更点を掴んでいくしかないだろう。


 専用の武器を機体に懸架していると、スティレットが無益な情報を伝えた。


(そうそう、改修された〈グラウンドゼロ〉ってさ、〈フルアーマー・グラウンドゼロ・改〉って名前がついてたよ。整備班の間でだけど)

「長すぎるだろ、それ。尻尾と一緒に名前まで追加されたのかよ」

(生意気なことをいうようになったわね。たった一ヶ月の間に増長したのかしら)

「増長したかどうかはともかく、そこそこ戦えるようになったぞ」

(それはわかるわ。妙に成長速度が速くて怖くなるぐらい……あら、宇宙からアインの声が聞こえる。通信じゃないわね。エバスの共振だわ)


 まるで神様の啓示みたいに空から声が降ってきた。


(すべての決着がついたとき、あなたがたは自由に道を選んでください)


 以前よりもアインの声は穏やかになっていた。まるですべての重圧から解放されたように。


「アインはすでに自由なのか?」

(最近は役目を終えて、衛星軌道上から地球の草花を観察する日々です。わたしは草花が好きなんですよ。野原に咲く雑草も、高山に咲く希少な花も)

「なんでアインが九州で分子分解爆弾の存在を教えたのかわかったよ。草花を分解されたくなかったのか」

(あのときは自分でもよくわかっていなかったんですが、今ならわかります。わたしは自分で思っていた以上に普通の女の子でした。なんでテロリストをやっていたのかわからないぐらいに)


 きっとアインのように三つ巴の争いが原因で人生が狂ってしまった人が大勢いたんだろう。


 50年間も継続する戦いなんて異常に決まっていた。


 五光は自己暗示をかけるように声を発した。


「三つ巴の争いが全部悪いんだ。そしてもうすぐ戦いは終わる。俺は絶対に生き残る。生きて宇宙へ進出してみせる」


 すべての武装を強化改修された〈グラウンドゼロ〉に懸架して出撃準備完了。


 まずは現在の所属組織であるアフリカ基地に伝えておく。


『こちらは国家憲兵隊【ギャンブリングアサルト】の霧島五光軍曹です。改修された〈グラウンドゼロ〉に乗っています。見慣れない機体ですが、背中から撃たないでください』


 アフリカ基地の通信本部が返事した。


『そちらの機体は、既存の〈グラウンドゼロ〉と外見上の類似点が多いのに中身は完全に別物です。事務方の混乱を避けるためにも別の登録名が欲しいですね』


 なんで整備班がわざわざ別の名前で呼んでいたのか理解した。データベースに登録するうえで名称を区分けしないと混乱するからか。


『だったら〈フルアーマー・グラウンドゼロ・改〉でお願いします』

『〈Fグラウンドゼロ改〉ですね。新規に登録しました。それではご武運を』


 事務的な手続きは終わった。あとは戦場に出るだけだ。


 五光は陸上艦〈アゲハ〉の通信担当に伝えた。


『こちら花札。〈Fグラウンドゼロ改〉はカタパルトにて準備完了です』

『本部は確認しました。強化改修してからの〈グラウンドゼロ〉は色々と規格外です。注意してください』

『了解。花札、〈Fグラウンドゼロ改〉――出撃します』


 カタパルトが強化改修された機体を力強く押し出した。〈アゲハ〉の食道を真っ直ぐ突っ切って、ひたすら加速。〈Fグラウンドゼロ改〉は大量に懸架した武器が壁面に衝突しないように身体を屈めていた。


 肉声で会話すると舌を噛んでしまうので、スティレットは五光の脳内に直接言語情報を届けた。


(良い旅を)

『宇宙のために』


 五光は機体のブラックボックスへ言語情報のお返事を飛ばした。いくら強化改修されようとも、スティレットが生き返ることはない。死体から削り取った脳が暗くて狭い箱の中に閉じ込められていて、戦闘のために酷使される。


 かわいそうではないか。


 この戦いが終わったら、スティレットの処遇も決めてやろう。本人の希望通りの余生がいいだろう。


 アインは衛星軌道上から草花を見る余生を選んだ。


 ならスティレットはなにを選ぶんだろうか。もしかしたら安らかに眠りたいかもしれない。活発に冒険をしたいのかもしれない。


 なんにせよ、この戦いで生き残らなければ、なにも始まらないのだ。


 そう考えたところで〈Fグラウンドゼロ改〉は飛翔した――自前の翼で。


 機体の背中に折りたためるコウモリの翼が生えていて、自力で飛行可能になっていた。翼に超小型の反重力システムが積んであるのだ。


 まさに規格外で採算度外視のワンオフ機であった。

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