第26話 復活の〈アゲハ〉
機体のハッキングが完了したので、五光は追従システムに手足を通した。脳波と機体がリンク。メインカメラとサブカメラの映像を脳が受信して視界が全方位に広がった。全身の感覚が全長5メートルに拡張された。PMC用〈ストレンジャー〉を完全な意味で奪い取ったので上官へ報告。
「花札からブックメーカーへ。敵機を奪いました」
『よくやった。これから要人を守りながらアフリカ基地へ帰還するぞ。識別信号を書き換えるのを忘れるなよ。仲間から撃たれるからな』
御影は奪った機体の肩にあった【GRT社】の表記を削った。
『了解』
五光も機体の肩にあった【GRT社】の表記を削ってから、識別信号をアフリカ基地所属に書き換えた。
次は武装の確認だ。20mm機関砲とプラズマブレードのみ。シンプルイズベスト。〈ストレンジャー〉は汎用性が高くて誰にでも扱えるが、限界反応が低い――エースパイロット向けではないので、武器はシンプルで問題なかった。
もっともエースパイロットなら〈ストレンジャー〉だろうと強いのだが。
咄嗟に『今の自分はエースパイロットかどうか』を幽霊先輩ことスティレットに聞きそうになった。だが〈グラウンドゼロ〉はオーバーホール中なのを思い出して、寂しさを感じた。
やっぱりあの機体がしっくりくる。〈リザードマン〉も良質の機体だが、なぜか〈グラウンドゼロ〉が一番使いやすいのだ。
『五光くん。我々は自走台車で後ろをついていく。守ってくれよ』
新崎は搬入路においてあった自走台車の運転席に座っていた。その隣には宮下首相だ。
彼らが操る自走台車だが、純粋に移動用の足として使われていたものだ。DS用の武器を運搬していないし、敵と戦うための武装もついていない。はっきりいって足手まといだろう。操縦者がどれだけ巧みであっても、無理なものは無理であった。
それにしても新崎の立ち位置もよくわからない。恩師であったり、敵であったり、出戻りの味方であったり。一見すると主義や主張のない風見鶏だ。だが詳しく調べると〈コスモス〉と〈グラウンドゼロ〉を中心に動いているのは明白だった。
「勢力の流れが壊れつつあるのか……?」
五光はひとりごとをつぶやきながら、機体を操ってスポーツスタジアムを脱出した。
市街地の空気は濁っていた。あらゆる公の場に死体と瓦礫が冗談のように並んでいた。PMCのDS部隊が街路へ入りこんで無差別に撃ちまくっていた。市民だろうと憲兵だろうと建物だろうと区別をつけずに。
「なんてことを。PMCは、どの企業の所属だろうと虐殺に抵抗がないのか」
五光は嘆きながらも、動揺が原因で操縦ミスしないように心を麻痺させた。
それでも四川のことを考えてしまう。彼も現地に出撃して虐殺に参加しているんだろうか? できれば参加してほしくないのだが。
『花札。【ギャンブリングアサルト】が基地の南側に進出した。合流するぞ』
御影の通信は冷静そのものであった。彼の場合は心を麻痺させたのではなく、諸行無常の心によって泰然としているんだろう。まさに超人であった。
「了解。花札、前衛を務めます」
五光の〈ストレンジャー〉は20mm機関砲を構えて先頭を進んだ。積極的に交戦するよりも、敵影を察知したら瓦礫の陰に隠れた。あくまで要人をアフリカ基地へ送り届けるのが最優先の任務だ。敵の数を減らすのは、そのあとでいい。
じっと息を潜めて敵機が過ぎ去るのを待つ。エバスセンサーに引っかからないように、なるべく気配を表に出さないのがコツだ。
表通りを堂々と進軍する敵機は、エバスを起動していた。だが五光たちを見逃してしまった。なぜなら大規模な市街戦だと敵味方のパイロットが入り乱れて戦うため、気配が飽和状態になるからだ。もし小規模な戦いだったら、どこに隠れていようとも必ず発見されていただろう。
敵機の後ろ姿が見えなくなったところで、瓦礫の陰から抜け出した。
しばらく進んでいくのだが、敵の数が少ないと感じていた。どうやらPMCは要人暗殺とアフリカ基地の破壊の二つを同時に進めているようだ。
宮下首相が五光に答えを送信した。
『敵には複数の狙いがある。要人暗殺と〈グラウンドゼロ〉の破壊だ』
五光は目を細めた。
『だったら、わざわざ民間人を虐殺しているのは、なんのためですか』
『長期戦対策だな。設備を破壊して生産力を削るためであり、人民に恐怖と疲労を与えて戦う意欲を削るためであり』
『まさに中世の戦争観じゃないですか。戦後の後処理なんて考えちゃいない。相手の文明を滅ぼすことが目的になっているんですから』
という会話を聞いていた新崎が拍手した。
『五光くん。ちゃんと座学もがんばっていたんだな。偉いじゃないか』
『茶化さないでくれ!』
五光は思わず怒鳴った。もはや新崎に教官面されたくないのだ。
『うむ。たしかに遊んでいる場合ではないな。早々に80センチ砲をどうにかしなければ、公営都市の被害が甚大になってしまう』
五光たちの近くに〈80mmカブトムシ砲〉の80mm砲弾が着弾した。道路と信号機がなぎ倒されて荒地になってしまう。五光たちを狙って撃ったものではなく、都市を破壊するための砲撃だ。資源不足の時代だから、設備を破壊するだけで相手勢力を追い込めるのだ。
『隊長、誰かカブトムシを潰しにいかないんですか?』
五光は御影に通信で聞いた。
『うちがやることになった。さっさと基地に戻って〈リザードマン〉に乗り換えるぞ』
『責任重大なリターンマッチですね』
200メートルほど前進したところで、エバスに微弱な反応あり。高層ビルの裏側からPMCの〈ストレンジャー〉部隊が出現――遭遇戦になった。
どうやら敵は破壊した都市から再利用可能な資源を回収する部隊のようだ。クモみたいな自走台車には予備の武器ではなく公営都市から盗んだ資源が載っていた。戦闘目的ではなく泥棒目的――気配を消してこそこそ動くからエバスの反応が弱かったのである。
彼らは五光と御影が奪ったPMC用〈ストレンジャー〉が、アフリカ基地の識別信号を発信していることに戸惑っていた。見た目は友軍機なのに、識別信号は敵軍。誰だって確認を取るだろう。彼らは五光と御影の機体へ通信を繋いだ。
『こちら回収部隊。貴殿の所属部隊とコールサインを教えてくれ』
だが五光と御影の〈ストレンジャー〉は、わざわざ返信をしないで20mm機関砲を速射――敵部隊をまとめて片付けた。
五光は口の中に土臭さを感じた。どうやら自分はだまし討ちで倒したことに気分を害しているようだ。戦場は綺麗ごとでは動かないとはいえ、あまり使いたくない手口であった。
『そろそろオレたちが〈ストレンジャー〉を奪ったことが敵に周知されるはずだ。今みたいなラッキーは起きないぞ』
御影の〈ストレンジャー〉は、敵の自走台車もプラズマブレードで破壊した。盗品である資源が地面に散乱した。
『そっちのほうが気楽ですよ。だまし討ちで倒すより普通に戦って倒したほうがいい』
五光が生意気をいったら、御影が肩をすくめた。
『信条にケチをつけるつもりはないが、作戦行動中は慎んでもらおうか』
『大丈夫です。作戦中は効率的に敵を倒します。それが特殊部隊でしょう』
『それでいい。先を急ぐぞ』
ようやくアフリカ基地の放送塔が見える距離になったところで戦場に変化があった。
いきなりハイパープラズマ粒子の野太い火線が水平に走った。都市が発光して花火のように爆ぜた。味方DS部隊の一部が野太い火線に巻きこまれて建造物と一緒に溶けてしまった。
どうやらPMCの陸上艦が主砲を発射したようだ。
『ついにグローバル企業も陸上艦を投入したか』
御影が戦場に出回っていた観測データを拾ってきた。
ムカデ級陸上艦〈ヨロイムシャ〉――【GRT社】が愛用するムカデ級の最新型だ。見た目のとおり百本の足を持つムカデが原型であり、その大量の足を使って陸上を闊歩する。基本性能は憲兵隊が使っているイモムシ級陸上艦と同程度だ。
なお最新艦の〈ヨロイムシャ〉も反重力システムによるホバーで低空飛行していた。しかも電磁バリアを展開したまま、わざと地面スレスレを飛行していた。そんなことをすれば当然のように電磁バリアを構成するナノマシンが触れたものを次々と分解していく――逃げ遅れた民間人を巻きこんで。
その姿は、まるでムカデの形をしたロードローラーが都市を平らにしているようだった。
『隊長、あのムカデどうするんです? 発想が完全に民族浄化運動ですよ!』
五光は己の発想力が拙いことを痛感した。電磁バリアを防御手段ではなく、攻撃手段として転用する発想を持っていなかったのだ。しかもあらゆるものを分解する無差別攻撃。分子分解爆弾を狭い範囲で断続的に使っているようなものだった。
邪悪な人間は、なんだって武器にしてしまうらしい。
バックギャモンが死んだときを思い出して、すっかり頭に血が上った。
『こっちも陸上艦を出して、アンチ電磁バリアミサイルを叩きこむしかない。急いで基地に戻るぞ。敵はアフリカ基地を分解したいだろうから』
御影が冷静に分析したところで――アフリカ基地の南側に動きがあった。
そこは【ギャンブリングアサルト】のDS部隊が死守する場所であった。軍用に舗装してある道路に亀裂が走った――地下整備倉庫の出口が開いているのだ。扉は100メートルもあった。そんな巨大な扉が轟音を唸らせて開いていく。
やがて扉の向こうから顔を出したのは、機械的なイモムシの顔だった。
イモムシ級陸上艦〈アゲハ〉――【ギャンブリングアサルト】の旗艦である。
解任されていたはずの艦長、今村サイード大佐が、現場を死守する【ギャンブリングアサルト】の隊員たちへ宣言した。
『私、今村サイード大佐は艦長に復帰した。これより【ギャンブリングアサルト】は敵陸上艦〈ヨロイムシャ〉および〈80センチカブトムシ砲〉を撃破する。総員、油断するなよ。相手は敵対文明を滅ぼすことに躊躇のない連中だ』
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