第15話 グローバル企業の後始末/デルフィンの暗躍
【マイマイ社】の本社は溶けて消えた。地下にある未来都市は無事だから、傲慢な社員たちは生き残っていた。自分たちを守るPMCが消滅しても敗北を認めず、投降を拒否していた。
【ギャンブリングアサルト】は都市制圧作戦も必要になったわけだ。
御影が仲間たちへ連絡した。
『これより都市制圧作戦を開始する。まずは瓦礫の撤去作業だな。なお花札と幽霊は艦長からお説教がある。あとから合流するように』
五光はげんなりした。でも拒否はできないから、しぶしぶ説教を受けることになった。もちろんスティレットも一緒だ。
なお説教の内容だが、カタパルトの無断使用についてだった。どんな結果であろうと、軍の規律は報告と許可によって成り立っている。もし今後同じことをやったら営倉行きだという。
たしかに感情まかせで手順を無視したことは悪かった。素直に反省した。ようやく艦長から解放されたのだが、次は整備班のお説教が待っていた。あれほど使うなと釘を刺してあったROTシステムを使ったことに対して雷が落ちた。
「でもあれはしょうがないと思いますよ。ついてるシステムなんだから使わなきゃ」
五光が反発したら、整備班は怒り狂って、説教が伸びてしまった。
ようやく整備班のお説教も終わったところで、五光はスティレットにいった。
「幽霊先輩の生き方を真似したら、永遠に伍長のまんまだな……」
無断でカタパルトを使って出撃したのは、スティレットに煽られたからだった。手順を守っていたら時間が足りなくなるから、さっさと飛んでしまえ、と。
(生き方もなにも、とっくに死んでるけどねっ!)
スティレットは小娘みたいにウインクした。
「それぜんぜん笑えないって……」
とにかく気持ちを切り替えて、仲間たちの都市制圧作戦に合流した。
溶けた本社跡をDSで撤去する作業中だった。五光は〈グラウンドゼロ〉が修理中だから、敵から奪った〈エストック〉で作業を手伝った。ブルドーザーみたいにスコップを滑らせて、どろどろに溶けた瓦礫を退かしていく。要は未来都市への入り口が開通すればいいのだ。
黙々と作業をしていると、隣で御影がこっそりいった。
「たしかに無許可はよくなかったが、いいガッツだった」
隊長に褒められるのは珍しいので、五光はちょっとだけ自信を取り戻した。
それからすぐに作業が完了した。未来都市への入り口がぽっかりと開いたので、制圧部隊は地下へ侵入した。
未来都市は、清潔で豪華で植林された自然が豊富だった。あらゆるところに古典や芸術品のイミテーションが飾ってあって、意識の高い標語が並んでいた。
そんな胡散臭い町の入り口には、警備員たちが立っていた。パワードスーツは装着していないが、ショットガンを装備している。
彼らは高慢な態度で言った。
「野蛮人は未来都市に入れない。たとえ大金を積んだところで門前払いだ」
だが御影が逮捕令状を提示した。
「この会社は数々の法律違反によって政府の管理下に入る。わかるか。お前たちは犯罪者だ」
「我々は国家の法律に従う義務がない。我々は自分たちの整備したインフラのみで生活している。だから税金も払わない。わかるか、この共産主義者どもめ!」
めちゃくちゃな言い分であった。彼らからすると税金を徴収する勢力は、ぜんぶ共産主義者なのだ。だがそんな主張なんて些細な問題でしかない。彼らはスラム街を焼いた罪があり、これから未来都市は政府の管理下に入る。どんな言い分も無意味だった。
しかし、とある人物が未来都市へ入ってきた。黄金比率で顔立ちが構成された成人男性だ。洗練されたスーツを着こなしていた。あらゆる特徴を持っているため人種は不明だった。得体の知れない表情をしていて、笑っているのか怒っているのかも読み取れない。
だが誰もが知っている顔でもあった。
【GRT社】の社長――デルフィンである。
「警備員。銃を降ろせ。【マイマイ社】は【GRT社】が買収した。【マイマイ社】は【M社】へと名前を変更。わが社の系列企業の一つとなり、前企業の責任はすべて元社長にある」
どうやら【GRT社】の社長が自ら買収作業を行ったようだ。グローバル企業の悪習でもあった。弱体化した企業を他の企業が買収することで責任問題がうやむやになってしまうのだ。
あくまで【ギャンブリングアサルト】は法律に縛られる。どれだけ三つ巴の戦争が起きようとも、国家の法律から逃れられないのだ。だから法的責任がうやむやになってしまえば【M社】と名乗った新企業を逮捕できなくなる。
御影が舌打ちした。
「なるほど、お前の飼い犬が戦場にいたのは、【マイマイ社】を奪うためだったか」
四川や砲手001が奥歯にモノが挟まった物言いをしていたのは、彼らは【マイマイ社】の味方ではなかったからだ。
「賢いな、共産主義者のくせに」
デルフィンは葉巻をくわえた。火はつけない。なにかこだわりがあるんだろう。
「貧民を救いたい人物がすべて共産主義に見えるなら、お前らは中世の武装商人だ」
御影が鋭い目つきでデルフィンをにらんだ。
「なんとでもいってくれ。二十二世紀は勝ったやつが無条件で偉いんだ。まぁ旧暦からずっとそうだったがね」
「だが〈エストック〉の発展型〈ソードダンサー〉と〈80センチカブトムシ砲〉は我々の部隊と交戦した。記録映像もある。あのパイロットたちは引き渡してもらおうか」
「大事な商品の現地実験だぞ。今の法律で逮捕できるのか?」
できなかった。昔の政府は無能であり、グローバル企業のロビイングにそそのかされて『商品の現地実験なら逮捕に当たらない』という法案を通してしまったのだ。そんな過去があったからこそテロリストは憤慨して、当時の政府関係者を一人残らず暗殺した。
御影はレーザーライフルの安全装置をかけると、部下たちに撤退命令を出した。
「だが【マイマイ社】の上役と、PMCの生き残りは全部逮捕していくぞ」
「いいだろう。ただし兵士だけだ。倉庫に残った予備DSは新会社の資産だから置いていくように」
「ふざけるな。証拠品だぞ」
「君たちが対DS戦法で奪った〈エストック〉は見逃すといっているんだぞ。あれは正当な行為だからな。強いやつは弱いやつから奪う。まさに我々の流儀だ」
デルフィンのほうが一枚上手だった。
なお【ギャンブリングアサルト】が撤退する際、未来都市の人々が怒り出した。ただしデルフィンを相手にだった。
「なんで自由と平等を理解する我々が季節労働者になるんだ!」
するとデルフィンは葉巻をクラシックコンサートの指揮棒みたに振った。
「お前たちは負けたからだ」
「なぜだデルフィン社長! 【GRT社】ほどの優れたグローバル企業が、どうして野蛮人みたいなことをいうんだ!」
「これだから凡人は困る。たいして才能もないのに未来都市にいるだけで選ばれた人間だと勘違いする。そしてカルト教団のように先鋭化するわけだな」
「先鋭化!? これほど素晴らしい理想をカルトなんかと一緒にするのか!」
未来都市の住民たちは暴動寸前になったが【GRT社】のPMCが実力行使で鎮圧していく。問答無用で殴るから死者も出ていた。そしてデルフィンは涼しい顔でいった。
「いいことを教えてやる。お前たちも、スラム街の人間も、差なんてどこにもない。等しく凡人だ。だから【GRT社】の奴隷になる」
デルフィンは奴隷とストレートに表現した。季節労働者という言い換えを行わなかった。彼は体裁を取り繕うつもりもなく、理想主義なんてこれっぽっちも信じていなくて、ただ弱肉強食があることをあるがままに受け入れているだけなんだろう。
五光は、グローバル企業の真の姿を見た気がした。
だからこそ、いつか隊長の御影みたいに、法律を絡めた丁々発止をやれるように、もっと座学をがんばろうと思った。
――こうして敗北した未来都市の人々は【GRT社】によって奴隷として管理されていくことになった。
なお彼らを救う手段はない。
なぜならグローバル企業は過去の政府をそそのかして、奴隷を合法化してしまったからだ。
もっとも彼ら自身が合法化したもので、未来都市の人間が奴隷となるなら、ある意味で自業自得だったのかもしれない。
● ● ●
【GRT社】の本社は人工島・メガフロートだった。直径500メートルのドーム型であり、防衛手段を含めたインフラが完璧に整っていた。他のグローバル企業からは『【GRT社】の未来都市は本当に素晴らしい。まるで楽園だ』と思われている。
事実、この世の楽園といっても差し支えないほどの設備が整っていた。食事、学問、芸術、軍事、すべての面において地球でもっとも洗練された場所だろう。現在も映画や新曲などの娯楽を発信しているのは【GRT社】の未来都市だけだった。
現在はインド洋を航行していて、社長のデルフィンは帰還したばかりだった。
「二号機はこの目で見てきたぞ。だが一号機は逃げた後だった」
デルフィンはコキコキと肩を鳴らした。肩が鳴るということは肉体を改造していないということだ。改造してもいいのだが、もう少し技術が進歩してからがよかった。どうしても作ってみたいものがあるからだ。
秘書がデータを立体映像の画面に表示した。
「一号機〈コスモス〉は日本列島の西へ逃走しました。二号機〈グラウンドゼロ〉はわが社の四川と交戦したので、データがあります」
ユニークな交戦データだった。〈グラウンドゼロ〉を使っているパイロットは二人いるようだ。最初に戦っていたパイロットはお世辞にも強いとはいえず、次に戦ったパイロットは一流だ――【GRT社】で雇いたいレベルである。
だが〈80センチカブトムシ砲〉と交戦したデータを見ると、どうやらパイロットの腕前は飛躍的に上昇しているようだ。もしかしたら〈グラウンドゼロ〉には新兵を養成するための学習機能が積んであるのかもしれない。
「あの機体、なんでずっと新兵が使っているんだろうな。二人乗りだったとしても、エースパイロットに使わせたほうが効率的だろう。新兵は他の機体で育ててから、使わせてもいいんだ」
「日本の憲兵がなにか企んでいるんですか?」
「絶対なにかあるぞ。徹底して調べろ。最近の政府は――日本だけじゃなくて世界中の政府は、尻尾が掴みにくくなっている。スパイから得られる情報が均等になっているんだ」
「テロリストはいつも企んでいますが、政府までたくらんでいるんですかね」
「ああ、間違いない。最近はやつらの動きが巧妙にカモフラージュされている。なにかやるぞ」
デルフィンは葉巻を口にくわえた。火はつけない。原産国であるキューバが滅びていたから貴重品なのだ。
なお滅びたのはキューバだけではない。お隣のアメリカも消え去った。ユーラシア大陸は中国やロシアを含めてすべて全滅した。欧州もイギリスを残して消滅した。
消滅した国々の生き残りたちは、地殻資源の豊富なアフリカと南米に押し寄せて、かつて見下していた人々と共同生活を送っている。人類の皮肉なのかもしれない。
まるで神の啓示のごとく、秘書が電報を受け取った。
「社長。南米より電報が入りました。奴隷の反乱が起きたようです」
南米の奴隷はアメリカとカナダの出身者ばかりだ。国を失った人間は使い捨てられる運命である。かつて欧米国家群が繰り返した歴史なんだから、自業自得でもあるんだろう。もっともグローバル企業の視点から見れば、どの国出身だろうと安価な駒でしかないが。
「飴と鞭でギリギリまで酷使しろ。死んだらナノマシンで分解して肥料にするように。資源の無駄遣いはするなよ」
デルフィンは涼しい顔でいってのけた。
「手配しておきます」
秘書も日常的な業務として書類を作成した。
奴隷の反乱に触れたからか、デルフィンは世界の将来のことが気になった。
「三つ巴の争い、どうなるかな?」
「我々の勝利でしょうね。無駄な人材は排除され、必要な人材のみが生き残る。いまはまだ奴隷が必要ですが、いつか奴隷のやっている仕事もすべてロボットとAIでまかなわれるようになって、少数精鋭の世界が誕生しますよ」
「少数精鋭の世界か。それははたして我々の本質なのかな」
デルフィンは違うと思っていた。
グローバル企業の本質は、インターネットと同じく中核が存在しないことだろう。
たとえ本社と呼ばれる場所が消滅しても、他の企業が吸収合併する。経済活動が止まることはない。責任の所在がめまぐるしく変化するため“悪”と定めた人物を討ち取ったところでグローバル企業が消滅しない。
だからこそデルフィンは時々考える――もしかしたら自分も駒の一つではないかと。
責任の所在が明確ではない=特定の権力者が存在しないことになる。
つまり吸収合併によって集合離散を繰り返すアメーバという形態が主であって、経営者ですら従であるということだ。
この考えに関しては、日に日に確信が強まっていた。
デルフィンは肉体に人種的な特徴が大量にあるし、未来都市で生まれ育ったから、どんな文化がルーツなのかさっぱりわからない――アイデンティティが明白でないからこそ、グローバル企業をアメーバのように感じるのだ。
「我々もいつかは不要になるのかもな」
デルフィンが嘘ぶくように言ったら、秘書が子供みたいに笑った。
「冗談まで一流になったんですか、社長」
冗談ではなくてシリアスな未来予測だったのだが、二流の秘書ではわからなかったようだ。だが彼は秘書として活用するなら有能だから、わざわざ見下すことをしないで話をはぐらかすことにした。
「テロリストたちの動きはどうなってる?」
「奪った一号機を中心にしてうごめいています。それも世界中のテロリストが」
「あの機体、奇妙なシステムを積んでいるだろう。あれは搭乗者の生存確率をあげるためにあるんじゃないかと予測している。だから本当の狙いは別のところにあるんだろうな。もっと資金を投入していいから裏の流れを突き止めてくれ。気になるんだよ、あの一号機と二号機は」
「わかりました。手配しておきます。ああそうそう、敗北した四川に懲罰としてやらせてもいいかもしれませんね」
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