第12話 死生観/カタパルトで出撃
アンチ電磁バリアミサイルで弱体化した〈アゲハ〉が、大幅な移動を開始する寸前――五光は電磁バリアの内側へ入れた。さきほどの赤外線誘導を巡る戦いで敵の歩兵部隊が壊滅したから狙撃の心配はなかった。
C分隊の隊長が〈アゲハ〉に繋がるタラップで手招きしていた。
「花札。電磁バリアの出力が50パーセントに低下した。以前より電磁バリアが薄くなっているから、急いで艦内に入れ」
五光は、C分隊の分隊長の後ろについていく。
「薄くなった電磁バリア、DSの攻撃に耐えられるんですか?」
「DSの火器は大丈夫だ。しかし敵のバカみたいにデカい大砲は防げないそうだ。だから撃たれる前に総攻撃で潰す。DS部隊も殴りこみだ」
「土壇場ですね。俺だってがんばりますよ」
「期待してるぞ。さっきも役立ってたからな」
どうやら先輩隊員に認めてもらえたようだ。スラム街の戦いの序盤で情けない姿を見せてしまったが、無事に挽回できたのだろう。
しかし心のしこりは残っていた。地元民たちが争いに巻きこまれて無残に焼けていく姿から、自分を含んだ人間の業を感じてしまった。なんであんな残酷なことができるのだろうかと。
だが迷っている暇はない。〈グラウンドゼロ〉で出撃して、80センチ砲を潰す戦いに参加しなければ。
五光はタラップを駆け上がり格納庫へ入った。
最初に視界に入ったのは、負傷した仲間たちが治療を受ける姿だった。
AIを搭載した医療ロボットがトリアージを行っていた。軽傷者は自力で手当て、重傷者は自動制御のストレッシャーで医務室行き、そして――残念ながら死者も出ていた。
C分隊の隊員が流れ弾で上半身を吹っ飛ばされて死亡していた。いくら生え抜きの特殊部隊であっても、あれだけ混沌とした戦いに身を投じれば運の問題で被弾するわけだ。
死者が着ていたパワードスーツの残骸が、自動制御の台車で整備ルームへ運ばれていく。おびただしい量の血液が残っているから、台車の進んだ道にはポツポツと赤い染みができた。それを自動制御のお掃除ロボットが拭き取っていく。
見てのとおり〈アゲハ〉みたいな大型陸上艦が100名程度の人員で運用できるのは、量子コンピューターが生み出したAI搭載型ロボットのおかげだ。
だが冷たくもあった。死亡した隊員の死体ですら自動制御で処理しているのだ。しかも先輩隊員たちは仲間の死を悲しんでいるが、すでに次の戦いに向けて心が整っていた。
もし自分が死体になっても、ああやってAIが効率的に処理して、仲間たちには忘れさられてしまうのか? 五光は寒気を感じた。
(死ぬのが怖いなら医務室に逃げてもいいのよ。十七歳なら無理もないわよ)
スティレットが母性を感じるほどの優しい顔でいった。同情と悲哀も含んでいるようだ。もしかしたら【ギャンブリングアサルト】にはふさわしくないメンタルの持ち主だと思ったのかもしれない。
「舐めるなよ。俺だって【ギャンブリングアサルト】なんだぞ」
五光は弱気な寒気を振り払うと、格納庫の隣にあるケースフロアへ向かった。
ケース――プラモデルのショウケースのごとく透明な箱であり、内部では整備の完了したDSが体育座りしていた。なんで箱の中に座っているかといえば、万が一の事故に備えてあるからだ。
陸上艦が前線で戦えば、砲弾の炸裂や建造物との衝突で艦内が大きく揺れる。固定されていないDSはピンボールみたいに飛び跳ねて、整備班のひき肉があちこちで発生するだろう。
だから安全策が必要だ。
まずは機体をロープとアームで固定した。だが本格的な衝撃を前にすると不十分だった。
そこでケースが開発された。体育座りのDSをロープとアームで固定してから、長方形の箱へ格納したのだ。もちろんケースも地面や壁に溶接してあるから、たとえ箱の内部でDSが転倒しても通路を歩く整備班を押し潰すことはない。
(あたしが死んでる間に、ケースが完全な透明になってない? 昔って、もっと濁ってたんだけど)
スティレットは、ケースフロアに並んだ透明な箱を見渡した。
ケースは壁面に埋めこまれていてコの字型で並んでいた。そしてコの字は4層構造になっていて、1層に10個のケースがあった。最大で40機のDSを積めるわけだ。ただし政府は財政難なので30機のみが配備されていた。
なお空いたケースには、さきほどの戦闘で奪ったPMCの〈エストック〉が突っ込んであった。物資が不足する時代だから、敵の装備を奪えたら僥倖であった。
「データベースで検索したけど、ケースの材質が上昇したからだってさ。透明度を上昇させながら、従来の頑丈さを維持したみたいだ」
五光は〈グラウンドゼロ〉のケースへ向かいながら言った。
(ふーん、物資が不足してようと軍事研究だけは進むのね)
「幽霊先輩は青森戦線だったんだろ。海賊相手だと物資に難儀してそうだ」
(したわよ。東京の連中、あれだけ過疎化したのにまだ自分たちが日本の中心だと思ってんのよ? 青森なんてモノが不足しちゃって、リンゴぐらいしか楽しみがなかったわ)
「でもリンゴがあるんだ。配給品だらけの時代なのに」
(すごいわよ。ゴーストタウンのあっちこっちにリンゴの木が生えてるの。農家が手入れしてないから味は悪いけど、量だけは多いからパトロールついでにリンゴを齧ってたわ)
「なんか楽しそうだ。東京には果物が入ってこない。食べ物は配給の完全栄養食ばっかりだったな」
(とんでもない。人間が減るとね、野生動物が町の主になるのよ。人間が野生動物様の縄張りに住まわせてもらってる状態なの。とくにヒグマがヤバかったわ。テロリストやPMCや海賊の被害よりも、野生動物の襲撃で死亡する人間のほうが多かったぐらい)
なんて会話をしながら〈グラウンドゼロ〉のケースの前に到着した。〈グラウンドゼロ〉は整備班の要望によって一番奥に隔離してあった。新型で整備規格が違うから、流れ作業の邪魔なのだ。
五光がケースの内側へ入ると――なんと〈グラウンドゼロ〉が手を振った。
他の誰かが搭乗する予定は聞いていないし、そもそも相性問題から五光以外の人間では操縦ができないはずだ。
もしやと思ってスティレットを見た。
(そうそう、五光くんとの共同生活も長くなってきたから、いよいよ〈グラウンドゼロ〉が身近になったってわけ)
スティレットが快活に笑った。
「自律して動くのか、DSが」
(あたしの意思で動くのってDSの自律行動にあたるのかしら?)
「幽霊が動かしたから……心霊現象かな?」
首をかしげながらワイヤーとアームを外すと〈グラウンドゼロ〉のコクピットに入った。
モニタに整備班の手書きメモが貼ってあった。
『ROTシステムは絶対に使わないでください!! 整備が大変なんです!!(涙マークの顔文字が書いてあった)』
わざわざ顔文字で感情表現を入れてしまうあたり、よっぽど整備が大変だったらしい。
スティレットが苦笑いした。
(システムをフル稼働させたのがまずかったかしら。次からは70パーセントで使いましょう)
「それができるなら最初からやればよかったじゃないか」
(五光くんが弱すぎるから、100パーセントで稼動させないと死んでたのよ)
五光の記憶から150mm砲弾の弾道が蘇った。悔しいことに今の腕前でも回避は無理だろう。
「俺はまだまだ弱い。腕前も心も。だがいつか必ず幽霊先輩に追いつくからな」
(がんばってね、中級者くん)
スティレットは五光の頬へキスした――もっとも立体映像だからすり抜けてしまったが。
「よくわからない人だよ、幽霊先輩は」
五光は〈グラウンドゼロ〉を歩かせてケースから出した。全長5メートルの巨人が歩くと艦内が揺れて、整備班の工具がトライアングルみたいに鳴った。自動制御の清掃ロボットがDSの進路から外れていく。
五光はDSサイズに拡張された感覚に身を任せて、兵器棚に手を伸ばした。プラズマ機関砲とプラズマブレードを装備。本日は格闘戦に備えてシールドを手首に通した。シールドは機体の半身をすっぽり隠すほど巨大な長方形であり、がっちりと上腕に固定されているから関節の動きを阻害しない。さらにシールドの裏には予備弾薬をマウントして長期戦に備えた。
最後にフライングユニットを機体の背中に接続。その姿は、こうもりの翼が生えたハイイログマであった。
出撃準備完了――カタパルトデッキへ移動した。
カタパルトデッキは、ケースフロアの目の前にあった。わかりやすくいうとカタパルトデッキの直線を、ケースフロアのコの字で囲っているのだ。そしてカタパルトの直線は真っ直ぐ伸びて、超巨大イモムシ〈アゲハ〉の口から飛び出していた。電磁バリアは展開したままだが、カタパルトの発進タイミングにあわせて自動でDS用の門が開く設計だ。
通信ユニットで〈アゲハ〉の発着管制の担当に繋いだ。
「こちら花札。〈グラウンドゼロ〉で出撃準備完了」
『本部了解。花札はカタパルトへ接続してください』
まずは〈グラウンドゼロ〉の両足をカタパルトへ接続した。伸縮性の素材が、ふくらはぎまでがっちりと覆っていた。生体兵器は一日ごとにサイズが微量に変化するから、カタパルトを伸び縮みする素材作っておくことで動力を効率的に伝えられる。
「機体をカタパルトへ接続しました」
『接続を確認。カウントダウン開始します。5・4・3・2・1――発進どうぞ』
「花札、〈グラウンドゼロ〉で発進します」
カタパルトが起動――動力が〈グラウンドゼロ〉を押し出していく。猛烈な加速でGがパイロットの肉体へ押しかかった。だが五光は平然としていた。DS乗りは肉体が強化されているから心臓や肺にも影響がなかった。
機体の加速は最高潮に達すると亜音速へ突入。〈アゲハ〉の食道を一直線に突き進めば出口が見えた。ぽっかりと開いた曇り空――ぐんぐんと近づいてきて――ついには〈アゲハ〉の口から焦げ臭い空へと飛翔した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます