第11話 命の軽さ/炎の重さ

 スラム街で戦闘する【ギャンブリングアサルト】の部隊に、艦長の命令が届いた。


『〈アゲハ〉は副砲および機銃でDS部隊の支援射撃を行う。まずはDS戦を制するぞ。それと敵の歩兵部隊に気をつけてくれ。おそらく〈アゲハ〉の電磁バリアの攻略を考えるはずだ。なお敵は【マイマイ社】だけではなく【GRT社】も含まれている。十分に気をつけてくれ』


 副砲と機銃の支援射撃が開始されたとき――五光は〈アゲハ〉を目指して走っていた。


 破壊の嵐が飛び交う戦場を前へ前へ進んでいく。たった一発でも間近で炸裂したら死亡確定のプラズマ粒子や大型砲弾が豆まきみたいに散っていた。何度か転びそうになったが、ほんの少しでも足を止めたら的になることは理解していたので、泥だらけになりながら走った。アライグマそっくりなパワードスーツは茶色に染まってレッサーパンダになっていた。


 なおスティレットは不用意に姿を表さない。彼女の赤い髪はシューティングレンジの的みたいに目立つからだ。


「どんどん死んでいく。無関係の人が……!」


 五光はスラム街の惨事を、戦場の情報として受け止めるしかなかった。余計なことを考えると死ぬのは自分だからだ。近くを通過していく敵DSをやりすごすために岩盤の穴へ逃げこんだら、地元民の男性が隠れていた。


「この疫病神め! お前たちがきたからみんな死んだんだぞ!」


 岩盤の穴には死体が並んでいた。死因は砲弾の破片を浴びたことによる出血多量だ。まるで香料を振りまいたように血の匂いが溢れていた。


 五光は、どうやって返事をしたらいいのかわからなかったが、未成年の若者らしい無謬性を求める心が前に出た。


「【ギャンブリングアサルト】側は流れ弾を考慮して発砲してるじゃないか。この死体の破片は全部20mm砲弾だ。うちはプラズマ兵器しか使ってないぞ」

「そういう問題じゃねぇ! 現にお前らがやってきたから吸血企業が刺激されておかしなことになったんだろうが!」


 地元民の男性は、岩盤の穴の外を指差した。


 PMC側は流れ弾なんて気にしていなかった。それどころか火炎放射器まで持ち出したではないか。人工的に生み出された火炎の海が、スラム街の掘っ立て小屋と地元民を無造作に焼き払っていく。外気温が急上昇したのでパワードスーツの温度調整機能が働いた。


「火炎放射器だって? 生体装甲は温度変化に強いからロクなダメージを与えられないのに、なんであんなものを……」


 五光が戸惑い気味につぶやくと、地元民が喉をからして叫んだ。


「おれたちを焼きたいんだよ! あいつらいつもスラム街を邪魔そうにしてたからな!」


 あれほど臭気の漂っていたスラム街が、焦げ臭さのみが漂う焦土に変換されていく。


 五光の脳裏には『ゴミの焼却処理場』という言葉が浮かんだ。PMCは作業のごとく火炎放射器を扱っていたからだ――たとえ燃やす対象は人間であろうとも。


「人間のやることなのか……」

「人間だからやるんだよ!」


 地元民は火炎放射による温度上昇に耐え切れなくなって、岩盤の穴から飛び出した。


 しかしPMCの思うつぼだった。建物や洞窟に潜んだゲリラや伏兵をあぶりだすのに火炎放射はポピュラーな手段なのだ。PMCのDS〈エストック〉は岩盤の穴から飛び出してきた地元民の男性を発見すると、手順に従って火炎放射を浴びせた。


「あぁあああああ、熱いよ母さんっっ――…………」


 断末魔の叫びが、岩盤の穴にも伝わってくると、ずっと引っこんでいたスティレットが顔を出した。彼女の赤い髪と、火炎放射の赤が、風景みたいに同化していた。


(岩盤の穴で死んでるの、あの人の家族だったんでしょうね)


 岩盤の穴に並んだ死体を調べたら、焼け死んだ男性の顔にそっくりだった。


 五光は己の正気を保つので精一杯だった。【ギャンブリングアサルト】に着任して一年経つが、ここまで無造作に死が訪れる戦場は初めてであった。グローバル企業が人でなしの吸血企業であることを再認識した。


「幽霊先輩。俺はどうすればいい?」

(〈アゲハ〉に戻ってDSに乗ること。スラム街の損害を最小限にしたいなら、さっさと敵を殲滅することね)

「それは正解なのか? もっと被害が拡大しないのか?」

(五光くんみたいな歩兵じゃ見えない視点で物事が動いてるのよ。だったらやれることをやるしかないでしょ?)


 正論であった。だから五光は敵DSが付近から去るのを待ってから、岩盤の穴を出た。


 ふたたびDS用の火器が爆ぜる戦場を走ると、通信が入った。


『モノポリーから花札へ。さっきみたいにおしっこはチビってないか?』


 五光をからかい気味に励ましたのは、味方DSを操縦する先輩隊員だった。


 味方DSは〈リザードマン〉という機体名だ。見た目が爬虫類っぽくて、水陸両用であり、尻尾がついていることから、ファンタジー小説のモンスターの名前がついた。なお尻尾は飾りではなく大事なパーツだ。水中移動の際は推進装置になるし、地上で戦うときは格闘戦に使えるし、砲撃するときは反動を支えられる。尻尾は便利なのだ。


『大丈夫です! 見てのとおり走っています!』


 五光は力いっぱいの返事をした。怒りと悲しみによって判断力が鈍らないように。


『よし、大丈夫そうだな。敵の歩兵部隊に気をつけろよ。電磁バリアを壊すために〈アゲハ〉へ侵入しようとするはずだが、お前と遭遇戦になりやすい侵攻ルートだ』


 先輩隊員の〈リザードマン〉は、プラズマブレードを手に持った。まるでファンタジー小説のリザードマンが冒険者を襲うように、敵DSを真っ二つに切り裂いた。DSという名の生体兵器が崩壊すると血と肉が露わになった。生々しい残骸が隕石みたいに落下して、地面が大きく揺れた。


「了解、行動します!」


 五光は敵から隠れながらひたすら進んで、ようやく陸上艦〈アゲハ〉が見えた。


 全長150メートルの超巨大イモムシは無数の節足で地上を歩いていた。これだけの巨体が歩けばスラム街は弱めの地震が発生したかのように揺れていた。


 そんな〈アゲハ〉は副砲と機銃で支援射撃を行っていた。副砲は頭部の触角、機銃は全身の装甲板から生えていた。副砲は点の弾幕を張り、機銃は線の弾幕を張った。すべての砲門は先端だけが電磁バリアの外へ突き出ているため、まるで繭に包まれたイモムシが毒液と糸で外敵を打ち払うようだった。


 だがこれだけ巨大で派手な艦だ。もし電磁バリアを失ったら敵の集中砲火を浴びて沈んでしまうだろう。【ギャンブリングアサルト】と【マイマイ社・GRT社】の攻防戦は〈アゲハ〉の電磁バリアを巡る戦いといえた。


 現在の電磁バリアの状況だが、味方の歩兵が通行できるだけの小さな門が開いていた。もちろん門は無防備ではなく、電磁バリアを壁にしてC分隊が警護していた。自走台車を砲台として扱って、近づいてくる敵の歩兵部隊を迎撃中だ。


 かなり神経質に敵兵を警戒しているため、不用意に近づくと誤射もありうるだろう。


 五光は味方であることを示す識別信号を念入りに発信してから、身振り手振りを加えながらゆっくり近づいていく。


「コールサイン花札です! 霧島五光伍長です! 俺は味方です! 撃たないでください!」

「花札走れ! 電磁バリアの外で足を止めると狙撃されるぞ!」


 C分隊の分隊長が、レーザー狙撃銃を片膝立ちで構えて、遠くの敵スナイパーにけん制射撃。


 その隙に五光は小さな門へ走った――直後に敵スナイパーの放った大口径弾が、さきほどまで歩いていた位置を貫く。走り出すのが一歩でも遅れていたら、パワードスーツを貫かれて死んでいただろう。


 五光はパワードスーツの内側で冷や汗をかきながら門を越えようとした。


 だがしかし――門の側面から敵の歩兵部隊が突撃を敢行した。二十名近い敵は鷹にそっくりなH型パワードスーツを装着していて、武器は精度より連射力を重視したレーザーマシンガンだった。まるで赤い糸を無数に投げ飛ばしたようにレーザーマシンガンが火を噴いた。


 五光は咄嗟に海辺の段差へ飛びこんだ。海水が腰の高さまで満ちていてパワードスーツが磯臭くなる。頭上を真っ赤なレーザーの群れが通過してフジツボだらけの岩肌を焼いた。命拾いしたが、ここは電磁バリアの外側だ。早く門を越えないと敵に包囲されてしまう。


 C分隊の分隊長が通信ユニットで怒鳴った。


『花札生きてるか!』

『生きてます!』

『だったらお前はヘタにそこを動くな! もし余裕があるならC分隊を手伝え! 赤外線誘導装置を持っているやつを優先して射殺しろ、目視でミサイルを誘導されるぞ!』


 赤外線誘導装置は、原理そのものは簡単だから歩兵用もDS用も用途は同じだ。赤外線を照射して標的をロックオン。データを本部へ送信――本部は受け取ったデータに基づいてミサイルを発射すれば、たとえ標的がDS技術で作られていようとも必中になる。


 さすがにDS用の赤外線誘導装置を探せとはいわれないだろうから、五光は海辺の段差からそっと顔を出して歩兵用のやつを探した。


 しかし見当たらない。敵は大量にいるが、それらしい行動を取る人物はいなかった。


(五光くん、後ろ! 怪しい波紋だよ!)


 スティレットの警告――五光は振り向いた。


 ゆらりゆらりと海面が波打っていた。もしやと思って水中へ顔を突っこんだ。巨大なカエルが平泳ぎしていた。DS技術で作った歩兵用強襲揚陸ボートだ。原動力がエンジンではなくカエルの水泳だから静音性に優れていた。しかも乗員がパワードスーツを装着していれば酸素ボンベを背負わずとも水中侵攻ができる。


 どうやら敵は〈アゲハ〉の裏手から密かに赤外線誘導を実行するつもりらしい。


 しかし五光が持っている火器では水中の敵に効果がない。


『花札から本部へ。〈アゲハ〉の裏手に敵の強襲揚陸ボートを発見。水中です。機銃で撃ってください』


 本部へ連絡したら〈アゲハ〉の機銃担当が反応した。


『こちら機銃担当。水中弾頭に換装後、敵を迎撃する』


 1分間に1200発を誇る機銃が、対DS用水中弾頭を海中へばら撒いた。まるでチェーンソウで切断したようにカエルは斜めに千切れて海底へ沈んでいった。


 だがすでに浅瀬に侵入していたせいで、敵のパワードスーツ部隊が千切れたカエルから脱出――〈アゲハ〉の真下に上陸してしまった。鷹にそっくりなパワードスーツ軍団は、水を滴らせながら赤外線誘導を頭上へ向けた。


 五光はレーザーライフルを連射しながら本部へ連絡。


『本部へ。敵パワードスーツ部隊が上陸しました。赤外線誘導装置を使おうとしています。応援を求めます。誰でもいいから応援を!』


 C部隊が反応――クモの形をした自走台車が到着。腹部に増設された対歩兵用グレネードランチャーで敵パワードスーツ部隊を爆破していく。


 自走台車の操縦席に座ったC分隊の隊員が叫んだ。


『五光! カエルの沈んだあたりを探せ! 残った赤外線誘導装置をぶっ壊すんだ!』


 なんと赤外線誘導装置が浅瀬に浮いていた。しかも強襲揚陸ボートの第二陣がやってきて回収しようとしている。


「了解、ストームをぶちこみます!」


 五光は腰からストーム手りゅう弾を取り外すと、浅瀬に投げた。さらにレーザーライフルもオーバーヒートするまで連射した。爆発とレーザーのオンパレード。他の隊員たちも上陸させてなるものかと苛烈な攻撃を加えた。


 海と陸で激しい駆け引きが続く――しかしすべて罠だった。


 四国の南側から何かが接近――データベースに登録されていない機種不明のDSだった。識別信号は【GRT社】製品。全身が刃物みたいな新型DSだった。【マイマイ社】の使っている〈エストック〉を進化させたような姿で、装甲を微量に増設しながらも機動性が増しているようだ。肩と膝が爪みたいに尖っているのが特徴的だった。


 さすがにエバスの感知圏内に入ってくれば、味方DS部隊は新型の【GRT社】製DSに気づいた。だが鮮やかで無駄のない動きだったので進路妨害が間に合わなかった。


『さぁ出てこい、噂の二号機。僕と勝負だ』


 新型の【GRT社】製DSは、DS用の赤外線誘導装置を電磁バリアに向けて照射した。


 ●      ●      ●


〈アゲハ〉のブリッジに警報が鳴って、自動音声が流れた。


『赤外線が照射されています。ロックオン完了まで残り5秒。注意してください』


 艦長が冷静に判断した。


「対空監視を強化しろ。アンチ電磁バリアミサイルが飛んでくるぞ」


 沿岸部に潜行していた【GRT社】の潜水艦が、ミサイルサイロを五つ開放。気泡を漏らしながらアンチ電磁バリアミサイルが顔を出した。姿形はありふれた弾道ミサイルだ。一本の大きさは両手を伸ばしてバンザイしたDSと同じであり、カラーリングは海と空に馴染むスカイグレー。


 潜水艦の船長が一番から五番の発射を命じると、五本のアンチ電磁バリアミサイルは勢いよく解き放たれた。海中から荒々しく飛び出した五つの流星は、海水を振りまきながら〈アゲハ〉の上空へ弾道飛行。標的への落下速度は秒速2キロメートル。フルマラソンを約20秒で完走すると考えればいかに早いかわかるだろう。そして早ければ早いほど迎撃は難しくなる。


 それでも〈アゲハ〉は対空防御を実行した。イモムシの背中から対ミサイルネットを発射した。発射直後は毛糸の玉みたいだったが、指定された高度へ達するとクモの巣みたいに展開。〈アゲハ〉を守る傘となった。


 五発のアンチ電磁バリアミサイルが、ついに落下コースへ入った。均等の間隔で〈アゲハ〉目指して一直線。音の世界を置き去りにして電磁バリアを食い殺そうとしていた。


 しかし対ミサイルネットは五発とも絡めとった――ナノマシンでミサイル本体の分解を開始した。いくら秒速2キロメートルの運動エネルギーがあろうと、分子レベルに分解してしまえば雨粒のように空気抵抗で大幅に減速する。


 だが万能ではない。分解が完了するまえに着弾してしまえば無意味なのだ。


 残念ながら――一発だけ分解が間に合わず――〈アゲハ〉の電磁バリアに着弾した。


 発生したのは爆発ではなく萌芽であった。まるで古寺の錆びた鐘を鳴らしたような鈍い音が広がると、電磁バリアを構成するナノマシンが弱体化――ついには亀裂が走った。


 だが〈アゲハ〉の艦長は動じなかった。キャプテンシートに座ったまま内線を耳に当てた。


「各ブロック。損害状況を知らせろ」

『こちら機関部。電磁バリア発生装置に強烈な負荷がかかっています。本来の出力の50パーセントでしか稼動できません』


 本来の出力の50パーセントだと、DSの火器なら防げるが、対艦装備は防げない。あの80センチ砲を打ちこまれたら貫通するだろう。


 もし判断を間違えたら〈アゲハ〉は轟沈だ。乗組員は死亡、DS部隊は全滅、スラム街も壊滅だ。


 だが艦長の鋼の心は、まったく揺らいでいなかった。


「主砲の準備を進めてくれ。敵に撃たれる前に80センチ砲を潰す。これより〈アゲハ〉は四国を東回りで移動して、敵本社を襲撃する」

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