二、六月祭
またね、と言ってくれたのに、コンノさんにはなかなか会えなかった。
「ああ、コンノ? あいつバイトが忙しくて滅多に顔出さないんだよ。ったく困った奴だよな」
とは部長の談だったけど、編集長があとから「その代わり、原稿の質と枚数は部内一なんだよね」と教えてくれた。
他の新入部員も、コンノさんにはまだお目にかかったことがないという。
仮入部期間が終わり、すっかり部に馴染んだ頃になっても、コンノさんが部室に顔を出すことはなかった。
新入生歓迎コンパにも出てこなかったので部長さんが憤慨していたけど、ロッカーの教科書類が時々入れ替わっているのを見ると、部室に出入りしていることだけは確からしい。
そして文化系団体の見せ場、六月祭に向けた準備が始まった。
各部がそれぞれにテーマを決めて展示と発表を行い、更に立て看板まで作ってそれも審査されるという。
「あ、一年生はニューカレッジコンテストってのがあってね。そこで一芸披露することになってるからよろしく」
そんな、投げやりな部長の説明に、一年生が一斉に抗議の声を上げたのは言うまでもない。
「何すかそれー!? ってか、一芸って!」
「なにやればいいんですか!」
「んー、俺達の時はアニソンメドレーを大熱唱した」
「お芝居やってたとこもあったよな」
「座布団持ち込んで、笑点やったとこがなかったっけ?」
聞けば聞くほど訳が分からない内容で、しかも持ち時間十分で何をやってもいいからちゃんと決めて練習しといて、という見事な投げっぷり。しばらく新入部員で頭を突き合わせて考えたけれど、なかなか言い出し物が思い浮かばず。
結局、明日それぞれアイディアを持ち寄ろうということになり、翌日はお弁当持参で部室のドアを叩いた。
「はーい」
あれ? この声――。
「やあ、吉川さん。久しぶり」
がらんとした部室の奥、窓枠にもたれかかって手を振っていたのは、およそ一月ぶりに見るコンノさん。
「コンノさん!?」
「ニューカレの打ち合わせするんでしょ? 何かいいアイディア浮かんだ?」
何で知っているのかと思ったら、それそれ、と長机の上に開いた状態で置かれたノートを示された。
コミュニケーションノートと呼ばれるそれは、部員が自由に書いていい「雑記帳」だ。開かれた頁には「一年生のみんなへ! 昼休みに部長達が部室を使いたいそうなので、ニューカレのネタ出しは天園横のベンチに変更です! これ見たらすぐ来てネ☆」と書かれている。癖のある字は森田君のものだろう。
「メールしてくれればよかったのに」
思わず呟いてしまったら、コンノさんが思い出したように笑う。
「携帯、家に忘れてきちゃったらしいよ? こんな日に限って~って、さんざんぼやいてた」
なるほど、と納得しつつ、ついでなので三限の教科書をロッカーから引っ張り出す。
「そうだ、コンノさんは何をやったんですか? ニューカレ」
ふと尋ねてみると、にこやかだったコンノさんの顔が一瞬寂しそうに翳った。
聞いちゃいけないことだったかな、と口を押えた瞬間、
「いやー、とても人様にお話しできるようなモノじゃなくてね。ひ・み・つ!」
いつもの調子でそうおどけてみせたコンノさんは、その代わりに、とロッカーの上に積まれたアルバム類を引っ張り出してくれた。
「確かこの辺に……あったあった。これ、五年位前から去年までの写真。ニューカレのも入ってるから、参考になるんじゃない?」
「ありがとうございます。これ、外に持ち出してもいいですか?」
「勿論。後で元のところに戻しておいてくれればいいよ」
ほら、みんな待ってるから行っておいで、と言われて、すでに昼休み開始から十分も過ぎていることに気づく。
「い、行ってきます!」
「はい、いってらっしゃい」
今日もドアを開けて送り出してくれたコンノさんを振り返る余裕もなく、一目散に廊下を走る。
階段の途中で模造紙の束を抱えた部長さんとすれ違って、
「おぉヨッシー、今日も元気いいね!」
と笑われた。
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