第二夜 夢だけど夢じゃなかった.....いや、夢か

 仲の良い親戚から可愛いぬいぐるみを貰った。

 割と可愛がっていた……と思う。



 私が目を覚ますと既に寝室には誰もいなかった。家族全員が同じ寝室で寝ているので、こんなに部屋が暗いのに誰もいないなんて変だな、とその時は少し疑問に思うだけだった。

 暗いままリビングに行くと突然テレビが付いた。ザー、ザーと砂嵐がなりその後ぶちんと切れた。家族はリビングのどこにもいない。

 借家で広い家ではないのでリビングにいないとなると、もう外にいる可能性の方が高い。


 親戚がくれた人形は今思い出すと家になかった。


(あー、どっか買いにでも行ったんかな)


 私は薄暗い部屋のままリビングを離れ、手洗い場に顔と手を洗いに向かった。


 手洗い場は玄関から1メートルほどしか離れていない場所にある。そこで手を洗っていると玄関からガチャガチャと音がした。誰かが帰ってきたのだろうか?

 いや、待て。私の家族にそんなにガチャガチャ玄関を鳴らす人が果たしていただろうか?


 虫の知らせと言うべきか、第六感とでも言うべきが、とにかく嫌な予感がした。


 手洗い場の鏡にはもううっすらと開き始めた玄関が見え、その隙間に━━━


 見知らぬ人がいた。



 う、ぅあああああああああああああああ!!!!

 実際に絶叫していたかどうかはわからない。無我夢中で開きかけた扉を必死で止める。文字通り死にものぐるいで無我夢中になって扉を押し留める。これが空いてしまったら終わりだということは、よくよくその時の私には分かっていたからだ。


 その攻防は何十分もは続かなかったと思う。

 命懸けの数分の攻防を終え、私は玄関の鍵を閉めてチェーンも掛けた。荒い息で扉に耳をあて、誰かが立ち去るのをじっと待っていた。


 そこからの時間はよくわからない。

 足音がし、そこから誰かが立ち去ったのは分かった。しばらく警戒していたが何も入口か玄関だけとは限らないことに気付き、一刻も早くこの部屋から出て逃げるべきだという強迫観念に駆られた。今思うと冷静ではなかった。


 最大限警戒しながら玄関を開け、私は逃げ出した。だれか、だれか。


 そとはひどく明るい昼だった。

 あの部屋は遮光カーテンのせいか、随分暗かったので目がくらむ程だった。


 外に出て暫くすると私は家族に会うことが出来た。


「お母さん!! 妹!!」


 家からそう離れていない道路脇で、母と妹が自転車を押しながらゆっくりと歩いていたのだ。


「どこに行ってたん!?」

 私が駆け寄りながら声をかけると母と妹はこちらを向いて話し始めた。


「今日はいい天気やね」


 は?


「え? あ、うん、せやな……いや、そうじゃなくてどこに……」


「魚を買うならあそこがいいよ」

 い、いやいや魚の話してへんし……。

「これはそうやで」

 な、なにが? これ?


 母と妹の返事は私と噛み合わない。じっと視線だけが私と合っている。

なのに会話だけが噛み合わない。


「ど、どうしたん……え? なにこれ……」


「あれ返してきといたからな」

「店新しくできんねんて」


 噛み合わない。


 噛み合わない噛み合わない噛み合わない噛み合わない。

 なのに目線だけはじっとこちらを見ている。


 でも、見た目はたしかに私の家族だ。



 ……本当に中身も家族、か?



 その考えに思い至った瞬間、私はその場から逃走した。

 走り続けた私が逃げ込んだのは近所のコンビニだった。息も絶え絶え、自動ドアを破らんばかりの勢いで駆け込んできた珍客に店員が目を白黒させていた。


「店員さん! 」


 至極普通の反応を返した店員に、私は縋りつくように助けを求める。支離滅裂だったが、大まかな内容は伝わったらしい。店員さんは神妙に頷いた後、携帯で警察に電話を掛け始めた。

 その姿にやっとほっと息をつく。


「━━━━あっ」


 電話をかけている店員さんがこちらを……いや、私の後ろを見て、大きく目を見開いた。

 見開かれたその目には、私に振りかぶられる銀色の光が映っていた。



 ころされ━━━━





 目を覚ますと私は暗闇にいた。それにやけに息苦しい。そして重い。


 私は手探りで私を圧迫しているものを触り、ゆっくりとそこから抜け出した。

 私が入っていたのは押し入れの布団の間だった。


 何でこんなところに……?


 そんな疑問が浮かばない訳ではなかったが、それよりももっと恐ろしい出来事が起きていた。

 部屋が荒らされていた。

 タンスは全て引っ張り出され、何もかもひっくり返されていた。足の踏み場もないほどで、家族がなにか探し物をしたにしてはあまりにも扱いが荒かった。


 押し入れから抜け出し、呆然と立ちすくむ私の足元にバラバラになった布とワタが落ちていた。それだけやたらと念入りに壊されていて殆どもとの面影もなかった。


 けれど私にはそれが何かわかった。


 あの人形だ。


 親戚から貰った人形がバラバラになっている。

 私は誰に言われるでもなくふと思った。


「この人形は私の身代わりになったんだろうな」と。





 そして再び目が覚めた。辺りは真っ暗だ。

 私は慌てて家族がいるか確認し、全員いることを知った。

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