明日を変えるのは莉帆自身
第1話
毒を飲んで小さくなって自らの涙に溺れたり、大きくなって家を突き破ったり。
いくら不思議の国にいるとはいえ、アリスはずいぶん愚かな女の子ではないだろうか。知らない所に置いてあるものを勝手に口にするなんて。「私を飲んで」と書かれていたらなおさら不審がるべきだ。
確かアリスは、七歳という設定だった。
ヴィクトリア朝時代の中流家庭の親に、きちんとしつけられた子供。時代が時代なら不思議の国に行っても何も起こらず、おりこうさんなアリスは、ただ助けが来る事をじっと待っているだけになっていたかもしれない。それでは物語にはならなかっただろう。
わたしは不思議な力に影響されて時間旅行をしてしまったけれど、なんだか違う気がした。
わたしは誰かに言われたまま動く子供ではない。大人として、自分の力で。
目が覚めたのは、バイトとして入社したコールセンター。今はお昼休みで、バイト仲間とお弁当を食べていた。食事中に戻すとは、どういうつもりだ、と黒猫を恨む。食べかけのおにぎらずが口の中に残っていなかった事は幸いだ。
そっとスマホを見る。五月十六日。なんてことない火曜日。ハート柄の壁紙の淡いピンクは、誰に見られても不愉快にならないものにした。
こういう所でアニメのキャラを選ぶ大人にはなりたくなかった。好きなものは隠したい。趣味を知られるという事は、弱みを見せる事と同義だから。
好きな芸能人が事件を起こしたら。好きなスポーツチームが負けたら。好きなものを「理解できない」という理由だけで蔑んだ目で見られる事も耐え難い。
本当は深夜にやっているアニメは楽しみだし、男性アイドルも年に数回、ライブを見に行く程度には好き。テレビとラジオは欠かさずチェックしている。雑誌まではなかなか追いつけない。
それをここで知っているのは、高校生の頃に打ち明けた和航さんだけ。
「趣味があるっていいね」
そうやって、優しく言ってくれた高校生の和航さんの笑顔に救われた。アニメが好きでもアイドルが好きでもいいじゃないかと、その一言と笑顔で言ってもらえた。
なんでも話せる、なんでも受け入れてくれる。そう思えた。
和航さんと竹内さんは、相変わらず仲が良かった。けれど、この時点ではまだ付き合っていない、らしい。
同期入社で仲良くなっただけ。恋人ではない。
それなのに、竹内さんから向けられるわたしへの敵意。バレているのだ、和航さんを狙っているという事を。
仕事をする上では、嫌な事はされていない。でも、仕事以外の事で口をきこうとはしない。わたしもそれは一緒だ。バイトと正社員の間にはただでさえ溝があるというのに。だから私のスマホカバーがアリスだというのをみて、アリスダイナーを教えてくれたのは意外だった。結局独り身への嫌味だったのだけど。
「私は梶くんとご飯に行くから。アリスダイナーなら一人でも楽しめるよ」
そういって勝ち誇っていた竹内さん。悔しかったけれど、渡された名刺大のお店の案内カードの見た目に惹かれたので、悔しいながら行くことにしたのだ。赤と黒のアリスの世界。
竹内さん、興味深い人だ。抜け目がないというか、わたしよりいい大学を出ているだけはある。
それに、和航さんはわたしの事を覚えていてくれているのかどうか定かではない。もともとシャイな人だから、あちらから話しかけてくれることもなかった。真実はわかりかねる。
話しかけようにも、監視役のように常に竹内さんが立ちはだかっている。
では、どうしたら彼の心をわたしに向かせることが出来るだろう。
わたしの事を、キラキラ女子で、頭がゆるいと思っている竹内さん。甘く見ていたら、痛い目を見ますよ。
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