第3話
竹内遥菜による、朝霞莉帆のプロファイリング。
その一。自分の事を可愛いと思っている。実際まぁまぁ可愛いけど、いう程でもない。しぐさとか声色とか、相当頑張ってるご様子。
その二。意識高い系。意識の高い事をしている自分が好きというタイプ。インスタのアカウントは持ってるな。あとで探す。
その三。バイト初日、いくら服装は自由だからって、ピンクのスカート履いてきます? 仕事ではなくて男漁りに来たな。ワンピースで決めてくる日も今後出てくる。私は知っているんだ。でも、案外真面目に仕事はしてくれる。言葉遣いもいい。
その四。最近まで一人称は「りほはねぇ~」だったに違いない。一応社会人だから今は「私」と言っているけど、たぶんきっと、そういうタイプ。自分大好きの典型。
その五。そんな人がなんで梶くんみたいな地味めな男子に目を付けたのか! 謎! つまんない人だよ!
このような事を仕事中こそこそとエクセルに打ち込むことでしか、私のむしゃくしゃは発散されなかった。
一度受けたクレームの電話処理って、思ったよりメンタルがやられる。辛い。いつも以上に苛立つ。しかも、どう解決したかって言えば「担当者が帰社するまで間をつなぐ」だから。時間を戻すって案外楽じゃないんだなぁ。元々インバウンド業務だから、クレームはあまり来ないのに。
クレームを聞くフリしながら、プロファイリングでもしなくちゃやってられない。電話の向こうで言っている事はひたすら一緒、ってわかっているので聞く必要もない。
プロファイリングなんて、地味だし意地が悪い上に、なんの解決にもならない。そんな事はわかっているから、ほっといて。
重い足取りで、アリスダイナーに向かう。四月だから夜になると肌寒い。体を震わせながら金の装飾具がついたこげ茶色の扉を開いた。
「ようこそ」
ここでは、いらっしゃいませ、という言葉はない。世界観を守る為なのだろう。アリスの世界なんて知らないからわからないけど。内装も、赤と黒で色味は結構おどろおどろしいと思うのだけど、現実を忘れられる異世界。マスターの声に安心感がある。
「あら、今日はいつもと違うお召し物で」
中性的な口調ではあるが、マスターの言葉には芯の強さを感じる。だから、わざとあたりの弱い言葉を使っているのかもしれない。
「気づきました? 本命にはまったく気が付いてもらえなくて傷ついたんですけどね」
せっかくオシャレをしたのに家にすぐ帰るのは嫌だ。かといって行きたいところもない。興味のないアリスの世界に身を置くしかできない自分が、本当に底の浅い人間なのだと思い知る。
「男の人って、あんまりそういう所に意識は向けませんからね」
マスターだって男じゃん、という言葉を飲み込んだ。客商売をしているのだから一般論で語るのは失礼だ。
「そうなの。わかりやすい可愛らしさばっかりにしか目がいかないの。モテるのは猫かぶりの女ばっかだもん」
コーヒーと、トランプ柄をイメージしたパンケーキを注文した。がっつり食べる食欲はないが、糖分は欲しい。イチゴとブルーベリーのジャムでハートやスペード、クローバーにダイヤが描かれているものだ。
カウンターから離れて二人掛けのテーブルにつく。食事を待つ間、スマホで朝霞莉帆のインスタアカウントを探すことにした。
本名で検索しても出てこない。さすがにネット上での防衛はちゃんとしている。抜かりのない人だ。
一度目の人生ではそこで断念した。なので二度目の今回は他にヒントがないかと、ちゃんと耳をそばだてていたのだ。
梶くんとの雑談で「京浜東北線ユーザー」であることは聞いた。そこで、今朝の事件を思い出す。
ただでさえ混雑している線に、有名人が出現しパニックになったというのだ。迷惑の度合いがひどすぎて嫌いになった、と話していた。私の知らない程度の有名人だが。そこで登場したキーワードで検索する。
ゴマンと出てくるアカウントの中から「RIHO♡」とローマ字のアカウント名を見つけたと同時に、パンケーキとコーヒーがテーブルに置かれた。
「一生懸命何を探しているんです?」
気が付いたら、先客は店を後にしていて、店内は私とマスターだけだった。時間が出来たからか、私の席から離れようとしない。
「ああ、えっと。私、ネットパトローラーなんです」
「ネットパトローラー……?」
「気になる人のSNSを特定するんです。あ、趣味の悪い事だってわかってますけど」
眉をひそめたマスターに言い訳をする。下衆な事をしているのはわかっているが、辞められない。ちなみに梶くんは、更新しないフェイスブックしかSNSのアカウントはない。
「今日入ったバイトの子のインスタです」
「いんすた?」
「写真を投稿して友達から見ず知らずの人まで「素敵!」って言われて承認欲求を満たす場所です。たとえばこんな」
画面には、青空に手をかざしている写真。昨日投稿された朝霞莉帆のものだ。今日の電車ネタはさほど「キラキラ女子」っぽくないからつまらないので紹介はしない。
その青空写真、当然顔は写っていないが、左手中指の指輪は間違いなく今日つけていたものと同じだ。朝霞莉帆に間違いない。アカウント名がRIHOっていうのも自己愛強い印象だ。HARUNA♡にはぜっっったいしない。
その写真に添えられた言葉とタグは
『青空から元気もらった 今日いちにちがんばるぞ #あおぞら #充電 #あんまり手がかわいくない #自分磨きがんばろ #でもスタバ飲んじゃった #明日はばいと初日』
このひらがなを多用する感じ。バイトすらひらがな。それが可愛いと思ってるんだろ。スタバくらい自由に飲め。勝手に飲め。そして太れ。
「ああ、なるほど。インスタ映えする食事ってヤツですね。それは知ってますよ。盛り付けもかなり意識してます」
マスターは物珍しそうに私のスマホに顔を近づけた。近くで見ても、キレイな肌だった。男性にしてはツルツルしている。それが若く見える理由だろう。
「いやぁ、流行りを調べるのは大変です。機械オンチなもので」
てへへ、と笑うマスターは、いつも以上に幼く見えた。可愛らしい。
恋心はもたなくとも、やっぱりいい男が側にいるのは心地いい。恋心がないからこそ、かもしれないけれど。
「こういうの、キラキラ女子って言うんです」
「キラキラ?」
キラキラ女子というのは、オシャレに生きて、オシャレな写真を撮らないと自分の生きている価値が見いだせない人種。迷惑がかかるわけではないけれど、鼻につく。
あえて「鼻につく」ことを意識して目立とうとする「偽キラキラ女子」なんてのもいるらしい。でも、朝霞莉帆は真正キラキラ女子だろう。女性相手ですら、いつもきゃっきゃした声を出し続けているのは感心する。早くもバイト仲間を味方につけたようだ。女同士でも騙されてる!
そう説明すると、マスターは首を傾げて「今の若い子って多様ですねぇ」とだけ言った。
「私の好きな人が、こういう女子に簡単にひっかっかるのを見てるしかできないんですよ……」
テーブルにスマホを置き、空いた手にフォークとナイフをとる。ため息を押し戻すように、粉砂糖とジャムで彩られたパンケーキを口に入れる。
それだけで、今日のストレスが砂糖に溶かされていく気がした。これだから甘いものはやめられない。ホットコーヒーに砂糖とミルクを入れ一口。以前はもっと多量に入れていたが、梶くんを真似て一つずつにしている。もちろん器もアリスの影が描かれているものだ。白地に金と黒でシルエットが描かれている。
「おいしい。ありがとマスター。すぐ家に帰っていたら、イライラとかもやもやを引きずっていたかもしれない」
「いいえ。ごゆっくり」
店内に、仕事帰りらしい女性グループが入ってきた。ついつい、朝霞莉帆はいないだろうな、と見てしまう。いなくて安心した。スマホの手帳カバーがアリスだったから、きっと好きなのだと思う。私もよく見ているな。
来店したのは、アリスの世界が好きそうな、ひらひらしたスカートを履いている可愛い女の子たちだ。内装に興奮している。キラキラしているなぁ。ひらひらきらきら。
空腹感がないと言いつつ、やっぱり食べると落ち着いた。コーヒーを飲みながら、朝霞莉帆のインスタチェックを再開する。
とはいえ、中身のないものばかりだ。人間として浅い。魅力が見当たらない。
時系列としては朝霞莉帆とは一日しか顔を合わせていないが、一度目の人生では、一か月同じ職場にいたのだ。インスタと合わせてみても、人としての魅力は感じない。でも「いいね」の数は百を優に超えていた。こういうのが好きな人が、世の中には百人以上いるということ。
さらに、付き合うまでに至る人が、一人いる。
納得できない事実だけれど、私にはいいねをくれる人も、付き合うに至る人もだれもいない。インスタやってないけども。
敗戦の理由はわからないのに連敗が続いている。勝ちに行ったのに、それでも負けてる。
どうやったら勝てるのだろう。
せっかくおいしいパンケーキで気分を切り替えられたのに、私はまた重い足取りで帰宅することになった。
私がわかろうとしないだけで、彼女はちゃんとした人なのだろうか。
自宅のリビングについている明かりが、カーテン越しに漏れている。それを見てほっとしたのは人生で数えきれないほどあった。
玄関先、まだ家庭菜園を始めたばかりで何も生えていない小さな庭。その側に植えてある木の上で、あの黒猫が待っていた。
「いるんじゃないかと思った」
過去に戻った人間の姿を見に来るだろう。そう思っていたけれど、あたりだ。こちらはただただ一か月前の再現になっただけで、何も改善されそうもなく不機嫌だというのに。
「あまりうまくいっていないようで」
「見た目を変えたくらいじゃダメかな」
着慣れない服。へたくそで崩れているメイク。風に吹かれてくしゃくしゃになった髪。
なんだか、みじめ。
私は梶くんのいいところをたくさん知っている。優しくて、思いやりがあって。頼りない所もあるけれど、きちんと芯を持っていて。自分の好きなゲームの話になると声が大きくなるのも愛おしい。弱いのに、お酒に付き合ってくれて、私の話をたくさん聞いてくれる。
友達じゃなくて、彼氏だったら。支え合えるいいパートナーになれるに違いない。
何度もそう思った。いつか時期が来たら私から告白しようって思っていた。
今日、何も変化がなかった以上、明日を過ごしたところで、朝霞莉帆と仲良くしている場面を見る事になる。それは、一か月後の私が知っている。
「もう一度、戻るか?」
「もう一度?」
思いがけない言葉に、私は木の上を見上げる。今日もいた。チェシャ猫が。
「いつでもいい。要望はあるか」
芯の強い声に、私の心は決まった。
「今日の朝。朝霞莉帆と梶くんが会う前に戻りたい」
気づいてくれるのを待つだけじゃダメだ。自分からいけばきっと。
「わかった。せいぜい頑張れ」
黒猫の言葉と共に、黄色の瞳が光る。眠るような感覚は二度目。そして、四月三日の朝を経験するのは三度目だ。
今度こそは。
*
会社につくと、すぐに梶くんのデスクに向かった。
「梶くん、おはよう」
指紋がついていても気にならない程度に眠たそうな梶くんが、私に顔を向ける。
「おは、よう」
二度目の四月三日とは違い、梶くんは私の容姿をじっくり見た。よしよし。
「……なんか用?」
不審げな表情に、私は首を振った。
「あのね、今日一緒にお昼にいかない? 美味しそうなお店見つけたんだ」
ランチに誘うのは初めてだ。少し緊張した声になる。
「別にいいけど……俺でいいの?」
いつもはひとり、コンビニでご飯を買う。天気が良ければ外で食べる事もあるけれど。それを知っているので、梶くんは不思議そうに口を尖らせた。可愛い。
「梶くんと行きたい」
こんな積極的な事を言う私を、私は知らない。ついでに言えば、美味しいお店なんてまだ調べてない。メイクは二度目で慣れたとはいえ朝は時間がなかった。
「いいよ」
こんなにも愛しい顔をする梶くんを手に入れたい。朝霞莉帆の悲しむ顔を見たい。
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