10.あまいもの

 月曜日の放課後。

 いつも通りピアノの前に座っていた彼に、私はチョコレートを渡してみた。

「はいどーぞ」

「……ナニコレ?」

 彼は不思議そうな顔をする。

 ……そういえば、十五センチのあの時ほどではないけれど、これだけ近くにいるのはあれ以来なのかもしれない。そう思うとなんだかどぎまぎするけれど、自分ではよくわからないので抑えつける。

「先週にバレンタインとかいうイベントがあったから、友達に『お世話になってるなら渡しなよ』って言われたのでチョコレートですよ~」

「ふむ」

 別に告白とかではないのでかわいいラッピングなどはしてもらっていない。その質素な箱を彼は受け取ってくれた。いらねーとか言われたらどうしようって不安の方が大きかったからほっとする。

「あなたのおかげでヴァイオリンを弾くのがもっと楽しくなりました、ありがとうございます」

 わたしはそう言って頭を下げた。

「……俺なんもしてないんだけど。ていうか頭下げられるとなんかイラつく」

 言われてわたしはさっと頭を上げた。

「わたしがそう思ってるのですからそれでいいんです。甘いものキライとかじゃないならよかったら食べてください」

 わたしはにっと笑ってヴァイオリンの方に戻った。

 いつのまにか彼はピアノから離れてバラバラに点在している机の一つに座っていた。そして意外にも彼は包装を丁寧に解いて、なかの箱を開けている。持って帰るか、バリバリ破って開けそうな気がしたのに。

 楽し気な形をした、六個入ってるチョコをぼんやり眺めた後、一個ぽーんと口に放り込む。

 彼はいつも通りずっと無表情なので何を思ってるのかはわからないのだけれど、その机で参考書だか問題集だかを見ながら、少しずつチョコを食べていってた。

「甘いもの嫌いじゃないんですね、よかったぁ」

 わたしが思わず微笑んでいると、彼は、

「脳みそに糖分送るのは嫌いじゃない。あとこっち見てる暇あったら弾いてろ」

 いつも通りにぶっきらぼうにそう言う。

 私はふふふっと笑って、緩やかに音を紡いだ。

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